蝶ノ光
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水曜日。
普段なら朝練をして授業を受け、放課後は部活に打ち込んでいるが、今日は祝日。学校は休みだし、そして珍しく部活も休みなのである。
この機会を狙い、私は仁王と柳に連絡を入れ、朝早くから一人で東京に来ていた。
青学の様子を知るために。彼らと向き合う心の準備をするために。
万が一青学の部員と会っても、正体を悟られないように男装姿だ。ちなみに身に纏っているのは、立海のジャージではなく個人練習する時に着ているジャージである。
仁王と柳には東京に行く理由まで告げていない。しかし、きっと目的地はバレているのだろう――何かあったら、連絡を入れてほしいという旨の返信が来た。
私の意思を尊重してもらえるのが嬉しく、頬が緩む。
改札を出て辺りを見渡すと、そこには引っ越す前と変わらぬ風景が広がっていた。
よく利用したバス停。等間隔に並ぶ樹木。適度な人の集まり具合。
まだ一ヶ月しか経っていないが、不思議と懐かしく感じた。東京に来たことだし、リョーマの家に寄ってみるのも良いかもしれない。
「まあ、時間は限られているし……まずはささっと目的を果たさないとね」
私はテニスバッグを背負い直し、元通学路へ足を踏み出そうとした。
「それが噂の男装姿か。今日は何しに東京に来たんだ――時雨?」
「え」
右腕を掴まれ慌てて振り向くと、そこには乾の姿が。予想外の遭遇に頭が真っ白になる。
「え、えと……休みだし、東京の学校を見学出来たらと思って。それにしても、変装していたのに分かりやすかったかしら?」
仁王の指導により更に変装スキルを上げ、男装姿で部活に参加して基礎練習しても、柳以外には気づかれなかったのに。
ちなみに柳には、一時的に変装を解いてマネージャーの仕事をしていた時に指摘された。一般部員に模していたのだが、熟練度に差があり、違和感があったようだ。
「いや、おそらく青学に来ても、時雨だと分かるのは越前と俺くらいだと思うよ。それにそろそろ、ここに来ると分かっていたからね」
どうやら柳から連絡があり、私が東京に来ることを知っていたらしい。
「そしたらペア頼めませんか。あ、出来れば女であることを隠して試合をしたいんです」
一度軽く咳払いしてから、声のトーンを少し低くして口調を変える。
すると、乾が笑みをこぼした。
「もちろん構わないよ。時雨と組みたかったし。何やら面白い噂を聞いたし、ダブルスするのが楽しみだ」
「面白い噂……? ああ、もしかして佐伯くんたちと試合した時に、つばめ返しを打ったことですか」
手塚から聞いた話によると、佐伯から電話があったようだし、不二が私のことを探しているのかもしれない。もし彼と試合をすることになったとしても、自分を見失わずに私のテニスを貫き通さねば。
「つばめ返しだけではなく、手塚ゾーンも使ったそうじゃないか。ダブルスパートナーに打たせるのではなく、まさか時雨自身が打つとは興味深い」
「知り合いの前で変装しているのに、必勝戦法を使っては早々に正体がバレてしまうと思って。最後につばめ返しを打ったのは、まあ挑戦状みたいなものですよ」
「たしかに青学部員は、青学にいた白石時雨と同一人物である、という確信までは持てていないからね。……さて、そろそろテニスしようか」
雑談をそこそこにして切り上げる。
今日は青学をこっそり偵察しようと思っていたのだが、青学のダブルス大会参加者――つまりレギュラーは、ダブルス大会に向けての練習を優先させているとのこと。学校には、いないらしい。彼らのデータを収集できないのは、残念だが仕方ない。
まずは高架下のコートに移動して、乾と練習することにした。
「……ねえ、貞治」
「どうした?」
先程から何食わぬ顔でラリーを続けているが、乾は私の苦手コースにしか打ってこない。まるで柳と練習しているみたいだ。
「分かってて打ってますよね? 僕の苦手コース!」
「そうだな。でも普通に返しているじゃないか」
乾の眼鏡が光った気がした。
絶対楽しんでいるでしょう。
返球できるのは、柳と練習して苦手コースばかり攻め込まれているうちに、対処できるようになったから。そう考えてみれば、彼には感謝すべきか。
「――へえ、それが時雨の男装姿?」
「え?」
身体が一瞬、固まった。
ボールが私の横を通り抜け、後ろのフェンスにぶつかる。
聞き慣れた声がして振り返ると、そこにはリョーマの姿が。
「ほう、予想より早かったな。ダブルスパートナーはどうしたんだ?」
「もうすぐ来るはずだけど」
リョーマは帽子をかぶり直し、後方を見遣る。
目線の先を追うと、緑色のバンダナを頭に巻き、青学のジャージを纏った人物――海堂が見えた。もしかして彼がダブルスパートナーなのだろうか。
面を食らったが、なんとか平常心を保つ。
海堂は走りながらコートに近づいてきたが、さすが息が乱れていない。
「おい、越前。勝手に先に行くんじゃねえ! ……って乾先輩。お疲れ様っス」
「ああ、お疲れ。越前と組むなんて珍しいな」
「ジョギングしてるときに会ったんスよ。ところでアンタは……?」
私を不思議そうに見る海堂。これは変装がバレていない反応だ。
乾やリョーマは、悩む素振りもなかったので嬉しい。
「僕は立海三年、白石時雨。あなたは?」
「白、石……? 俺は青学二年、海堂薫っス」
変装中のため名前を尋ねると、戸惑いながらも答えてくれた。
「白石さんに試合を申し込みたいんだよね。海堂先輩も気になるでしょ?」
「……ああ」
挑戦的な目つきで笑うリョーマ。
片眉を上げて険しい表情の海堂。
二人のデータを取る絶好の機会だ。どれほど腕を上げているのだろう。
「ふふ、僕にダブルスで挑むなんてね。後悔しても知らないよ」
私は声を弾ませながら、ラケットを二人に向けた。
普段なら朝練をして授業を受け、放課後は部活に打ち込んでいるが、今日は祝日。学校は休みだし、そして珍しく部活も休みなのである。
この機会を狙い、私は仁王と柳に連絡を入れ、朝早くから一人で東京に来ていた。
青学の様子を知るために。彼らと向き合う心の準備をするために。
万が一青学の部員と会っても、正体を悟られないように男装姿だ。ちなみに身に纏っているのは、立海のジャージではなく個人練習する時に着ているジャージである。
仁王と柳には東京に行く理由まで告げていない。しかし、きっと目的地はバレているのだろう――何かあったら、連絡を入れてほしいという旨の返信が来た。
私の意思を尊重してもらえるのが嬉しく、頬が緩む。
改札を出て辺りを見渡すと、そこには引っ越す前と変わらぬ風景が広がっていた。
よく利用したバス停。等間隔に並ぶ樹木。適度な人の集まり具合。
まだ一ヶ月しか経っていないが、不思議と懐かしく感じた。東京に来たことだし、リョーマの家に寄ってみるのも良いかもしれない。
「まあ、時間は限られているし……まずはささっと目的を果たさないとね」
私はテニスバッグを背負い直し、元通学路へ足を踏み出そうとした。
「それが噂の男装姿か。今日は何しに東京に来たんだ――時雨?」
「え」
右腕を掴まれ慌てて振り向くと、そこには乾の姿が。予想外の遭遇に頭が真っ白になる。
「え、えと……休みだし、東京の学校を見学出来たらと思って。それにしても、変装していたのに分かりやすかったかしら?」
仁王の指導により更に変装スキルを上げ、男装姿で部活に参加して基礎練習しても、柳以外には気づかれなかったのに。
ちなみに柳には、一時的に変装を解いてマネージャーの仕事をしていた時に指摘された。一般部員に模していたのだが、熟練度に差があり、違和感があったようだ。
「いや、おそらく青学に来ても、時雨だと分かるのは越前と俺くらいだと思うよ。それにそろそろ、ここに来ると分かっていたからね」
どうやら柳から連絡があり、私が東京に来ることを知っていたらしい。
「そしたらペア頼めませんか。あ、出来れば女であることを隠して試合をしたいんです」
一度軽く咳払いしてから、声のトーンを少し低くして口調を変える。
すると、乾が笑みをこぼした。
「もちろん構わないよ。時雨と組みたかったし。何やら面白い噂を聞いたし、ダブルスするのが楽しみだ」
「面白い噂……? ああ、もしかして佐伯くんたちと試合した時に、つばめ返しを打ったことですか」
手塚から聞いた話によると、佐伯から電話があったようだし、不二が私のことを探しているのかもしれない。もし彼と試合をすることになったとしても、自分を見失わずに私のテニスを貫き通さねば。
「つばめ返しだけではなく、手塚ゾーンも使ったそうじゃないか。ダブルスパートナーに打たせるのではなく、まさか時雨自身が打つとは興味深い」
「知り合いの前で変装しているのに、必勝戦法を使っては早々に正体がバレてしまうと思って。最後につばめ返しを打ったのは、まあ挑戦状みたいなものですよ」
「たしかに青学部員は、青学にいた白石時雨と同一人物である、という確信までは持てていないからね。……さて、そろそろテニスしようか」
雑談をそこそこにして切り上げる。
今日は青学をこっそり偵察しようと思っていたのだが、青学のダブルス大会参加者――つまりレギュラーは、ダブルス大会に向けての練習を優先させているとのこと。学校には、いないらしい。彼らのデータを収集できないのは、残念だが仕方ない。
まずは高架下のコートに移動して、乾と練習することにした。
「……ねえ、貞治」
「どうした?」
先程から何食わぬ顔でラリーを続けているが、乾は私の苦手コースにしか打ってこない。まるで柳と練習しているみたいだ。
「分かってて打ってますよね? 僕の苦手コース!」
「そうだな。でも普通に返しているじゃないか」
乾の眼鏡が光った気がした。
絶対楽しんでいるでしょう。
返球できるのは、柳と練習して苦手コースばかり攻め込まれているうちに、対処できるようになったから。そう考えてみれば、彼には感謝すべきか。
「――へえ、それが時雨の男装姿?」
「え?」
身体が一瞬、固まった。
ボールが私の横を通り抜け、後ろのフェンスにぶつかる。
聞き慣れた声がして振り返ると、そこにはリョーマの姿が。
「ほう、予想より早かったな。ダブルスパートナーはどうしたんだ?」
「もうすぐ来るはずだけど」
リョーマは帽子をかぶり直し、後方を見遣る。
目線の先を追うと、緑色のバンダナを頭に巻き、青学のジャージを纏った人物――海堂が見えた。もしかして彼がダブルスパートナーなのだろうか。
面を食らったが、なんとか平常心を保つ。
海堂は走りながらコートに近づいてきたが、さすが息が乱れていない。
「おい、越前。勝手に先に行くんじゃねえ! ……って乾先輩。お疲れ様っス」
「ああ、お疲れ。越前と組むなんて珍しいな」
「ジョギングしてるときに会ったんスよ。ところでアンタは……?」
私を不思議そうに見る海堂。これは変装がバレていない反応だ。
乾やリョーマは、悩む素振りもなかったので嬉しい。
「僕は立海三年、白石時雨。あなたは?」
「白、石……? 俺は青学二年、海堂薫っス」
変装中のため名前を尋ねると、戸惑いながらも答えてくれた。
「白石さんに試合を申し込みたいんだよね。海堂先輩も気になるでしょ?」
「……ああ」
挑戦的な目つきで笑うリョーマ。
片眉を上げて険しい表情の海堂。
二人のデータを取る絶好の機会だ。どれほど腕を上げているのだろう。
「ふふ、僕にダブルスで挑むなんてね。後悔しても知らないよ」
私は声を弾ませながら、ラケットを二人に向けた。