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物書きリハビリ中

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2021/12/09 19:20
ゾロ
いつも行く居酒屋には、何人か常連客がいる。
年単位で通っているのでほとんどは顔見知りだけど、1人だけ話したことのない人がいた。
不定期に来る、緑の髪をしたその人は、いつも辛口の日本酒を水のように大量に飲んで、顔色ひとつ変えずに帰っていく。
店主がいうにはあの人の影響でこの店のラインナップに辛口の日本酒が増えたらしい。
最近そのタイプのお酒が好きになった私も恩恵に預かっているので、今度会ったら話しかけてみよう、と思っていたのだった。

「いらっしゃい」
「こんばんは」

カウンターに目をやるとあの緑髪のひとが座っていた。
ひとつ席を開けて座り、いつも通りビールとおばんざいをいくつか注文する。
厨房の奥を覗き込むふりをして視界の端にその人を捉えた。
料理の残り方からして来店直後ではなさそう。
どのくらい満足したら帰るのか外からではわからないから、話しかけるなら早いうちがいい。

「なんかいいの入ってませんか?」
「封開けてない生酒があるけど」
「いいですね!」
「ただボトル注文にしてるんだ」
「ボトルかぁ…」

生酒は火入れしていない新鮮さがあるものの、開封後すぐに味が落ちる。
チャンスかも。

「あのっ」

思い切ってかけた声は少しうわずった。

「…あ?」

鋭い眼光に負けないように気持ちを奮い立たせて言葉を選ぶ。
たかが行きつけの店の常連客に声をかけるだけでなんで自分を奮い立たせてるんだ私、と少し面白くもなる。

「今からボトル注文しようと思うんですけど、一緒に飲んでくれませんか」



こう言うことわざあったな。水炊きみてェなやつ。

「どの酒だ」
「これだよ」

店主が見せてきたラベルはハズレがない酒造の生酒で、なるほどそれならボトル入れてでも飲みてぇ気持ちはよくわかる。

「いいのか」
「はい!一人じゃ飲みきれないかもなので!」
「ならありがたくいただく」

声をかけてきたこいつの存在は、よく飲みよく食べる女として認識していた。
この店は酒の揃いがいい上に料理もうまくて安いが、店主に愛想がなく店が汚ねぇから女の客は少ない。
そんな中でこの女は結構な頻度で通い、旨そうに酒を飲み、女にしては多いだろう量の料理を完食して帰っていく。
他の客と喋っているところも目にはしたが、おれと会話したことはなかった。

「たまにこの店来られてますよね」
「酒も料理もうまいしうるさくねぇから気に入ってる」
「…あ、もしかして話しかけちゃ迷惑でしたか?」
「いや、迷惑じゃねぇ」
「そっか、ならよかった」

初対面の人間と話すのは久しぶりだ。
こんなにまどろっこしいもんだったか。
いや、飲み屋の会話にまどろっこしいも何もねぇか。

「どうぞ」
「おう」
「わー!ありがとうございます!」

口に含むと軽い匂いが鼻を抜ける。
辛い割に匂いは花とか果物みてえに甘い。

「んー!おいしい!!」
「悪くねぇな」

しばらくまどろっこしい会話を続けるうち、互いの歳の話になった。

「21だ」
「え!?嘘!!」
「嘘じゃねェ」
「…年下だったんだ。しかも小学校すら入れ違い…」

相手が野郎なら老け顔って言いてぇのかと睨みを効かすところだが、相手が女なので無言で酒を飲むに止める。
小学校被らないってことは27か。見えねぇな。

「じゃあタメ口でいい?」
「あぁ。おれは変える気はねぇけどな」
「うんそれは別にいいよ」

口調が砕けたせいで一気に親しくなった錯覚に陥る。

「いつも決まった曜日に来てんのか?」
「うーん、木曜はほぼ毎週来てるかな。あと月曜か火曜」
「わかった」
「あれ?また一緒に飲んでくれるの?」
「…気が向いたらな」
「うふふ、嬉しい」

気が向くもなにも、最初から好みの女だった。
がっつくのは違うと思ったからそう言っただけで。
にこにこと酒とつまみの組み合わせについて話し出した女の横顔をちらりと見ながら、花みてえに甘い匂いを深く吸い込んだ。

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