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「お前、医者になれ」

あの日から、私の生活は勉強一色に染まった。
治療の一環として家で大人しく過ごすようになったローが、私に勉強を教え始めたからだ。
おかげで、地区で一番の進学校に入ったから、お母さんもコラさんもすごく喜んだけど、
あの時始めた陸上部は、ローに強制的に連れ帰られるせいで幽霊部員として卒業した。
わたしとしてはセーラー服が着られることと、ローと同じ学校だってことが嬉しかった。

「…15位」
「あァ?それはウチへの当てつけか?」

昼休みに山のようなパンを頬張りながらボニーが私をにらむ。

「違う違う、嘆いてるの」
「なげくような順位じゃねェだろ」
「うーん、そうでもないっていうか」
「ま、Top10で入ったアンタと、繰り上げ合格したウチじゃ、元が違うんだろーけどな!」

ガタン、ドアが大きな音を立てたから、ああ来たな、と思った。

「おいニナ

地獄からの使いのお出ましだ。

「ふざけんじゃねえぞテメェ」
「…」
「聞いてんのか!!!」

クラス中が息を殺して私たちを窺っているのがわかる。
溜息をついて席を立った。
ローの隙をついて横をすり抜け、ダッシュで教室を出る。

「おい待て!!!」

ほんの数カ月だけど陸上部は伊達じゃない。
校庭の隅まで走り出てローを待つ。

「…なにが15位だアァ?」
「そんなに怒る順位なのかな」
「オレの順位は」
「1位です」
「じゃあテメェは何位であるべきだ」
「…3位以内とか無理だって」
「無理じゃねえ、やれよ」



突き放しながらも結局この人は私の面倒を見てくれる。

「ここの公式ってこっちじゃないの?」
「よく見てみろ、ひっかけだ」
「…ああ、これがあるとこっちになるのか」

コラさんの家のダイニングテーブルが私にとっての塾。

「終わった!」
「時間かかりすぎだ」
「でもできたもん」

ソファにダイブして、手でローを呼び寄せる。
足元に寄りかかるように座ったローは、テレビをつけて夕方のニュースを回していた。
わたしたちの高校は中学より帰宅が早くて、3時半には終わるから、まっすぐ帰宅して7時まで勉強。
終わったら夕飯を作って食べる。
勉強が早く終わると、こうやってローとダラダラするのが日課になった。

「やっぱ物理苦手」
「苦手って思うから解けねえんだよ」
「…ローって苦手ってあるの?」
「…古文だな」
「へー、なんで?」
「なんつーか、湿っぽい」
「しめっぽい?」
「言葉の指してる意味がじめっとしてて気味悪いときがある」
「あぁ、恋とか女の情念とか?」
「そうだな」
「たしかにロー苦手そう」

“食欲の秋!”の特集が目に入る。やけに誇張されたさつまいもパフェ。

「おいしそう」
「なんで女はあんなのが好きなんだ」
「…ロー、今年まだ大丈夫?」
「…あァ」

この時期。ローはいつもより昔の夢を見るようになる。
家族と家を一気に失った時の夢を。
コラさん家に泊まった日、夜中にふと目が覚めると、隣の部屋からローの呻き声がした。
夢から揺り起こしたローは小さな子供のようだった。
たしか中学に上がるか上がらないかの頃で、私はそのままローのベッドで一緒に寝た。
翌朝起こしに来たコラさんが驚いて、部屋を飛び出した弾みで階段落ちしたのが懐かしい。
きっと今でも同じ夢を見てるんだろう。
あの時より大きくなったベッドで、あの時と同じようにひとりで。
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