Significance of parting
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帰したくない、なんて言える立場じゃねェだろうに。
いつもより慎重に皿を洗う。
ひとつひとつに気をつけてねェと、なにかとんでもない行動を取っちまいそうだった。
「…荷物はもう片付いたかい?」
「うん。あと運ぶだけ」
「オーナーが来る前に、こっちに下ろしとくか」
「うん」
皿洗いが終わったあとの手持ち無沙汰を解消したかったが、荷物の運び出しも一瞬で終わった。
「あとは忘れ物はないかい?」
「…、…ひとつだけ、ある」
「なんだ?」
彼女のマグカップでも預かってただろうか、と振り返ろうとした瞬間、ユリカちゃんが胸に飛び込んできた。
「寂しいとか、帰りたくないとか、言わないから」
「っ、ユリカちゃん」
「ちょっとだけ、このままでいて」
しがみつく力は強いがきっと弱いだろう。
引き剥がそうとすればできるはずだった。
だが、…しなかった。
「…わかった」
抱きしめ返すことは、しちゃいけねェ。
頭に手を置いた。
「…ユリカちゃんは、優しいなァ」
「…」
「寂しいとか帰りたくないとか言ったら、おれが困ると思ったんだろ」
そっと髪を撫でる。
「ユリカちゃんにはこれから、楽しいことも、嬉しいことも、たくさんある」
「…」
「それできっと、今よりずっと素敵で魅力的なレディになる」
「…私は、」
鼻にかかった声だったことには気付かないふりをした。
「強くなりたい」
息を飲む。
…君は、もう十分強いよ。
おれなんかよりずっと。
「…そうか」
おれの背中にしがみついていた手が離れ、ユリカちゃんの顔を拭った。
「ワガママ聞いてくれて、ありがと」
そう言った瞬間にユリカちゃんはくるりと踵を返した。
その迷いのなさに、彼女はここでの日々を振り切ろうとしているのだと直感する。
「やっぱり、一人で駅まで行って、そこで拾ってもらうことにする」
「、それはダメだ」
「大丈夫、ちゃんと商店街の方通るから」
スーツケースの持ち手に伸びる手首を掴む。
それだけで止まるはずだった。
なのに、おれはユリカちゃんを抱きしめていた。
「…」
「…」
ユリカちゃんの体が緊張しているのがわかった。
おれの心臓もうるさいくらいに鳴っていた。
何か、言わなきゃいけねぇのに。
「…大丈夫」
不意にユリカちゃんの声が耳を打つ。
「私は期待なんかしないから大丈夫。大丈夫だから、」
細い腕がおれの背中に回る。
「サンジくんも、大丈夫」
おれは、おれの方が、ずっとずっと弱い。
彼女に謝りたかった。
悪ィ、振り切れないのはおれの方だ。
たぶん長く引きずるのもおれの方だ。
こんなにみっともねェ大人でごめんな。
なのに恋してくれてありがとな。
…せめて、これだけは顔を見て伝えねぇと。
体を離して彼女の顔を見る。
おれはいまどんな顔をしてるんだろうか。
それを取り繕えるほど、立派な大人にはなれなかった。
この夏、ここにいてくれたこと。
「ありがとな、ユリカちゃん」
*
二人が出て行ったドアを、おれはしばらく見ていたんだと思う。
オーナーが来たときには、如才なく会話できていたはずだった。覚えてねぇけど。
扉が閉まるその瞬間に、ユリカちゃんがほんの少し振り返って、細い指がピースしたのが見えた。
たぶん微笑んでいたと思う。
天井に目を向けた。
強くならなきゃいけねェ。
誰かと別れることに。
あの子にだって、おれにだって、この先にまた他の出会いと別れがやってくる。
あァ、ちくしょう。
守りたかったなァ。
あの時間を。
彼女のいるこの場所を。
天井のタイルがぼやけていく。
いつもより慎重に皿を洗う。
ひとつひとつに気をつけてねェと、なにかとんでもない行動を取っちまいそうだった。
「…荷物はもう片付いたかい?」
「うん。あと運ぶだけ」
「オーナーが来る前に、こっちに下ろしとくか」
「うん」
皿洗いが終わったあとの手持ち無沙汰を解消したかったが、荷物の運び出しも一瞬で終わった。
「あとは忘れ物はないかい?」
「…、…ひとつだけ、ある」
「なんだ?」
彼女のマグカップでも預かってただろうか、と振り返ろうとした瞬間、ユリカちゃんが胸に飛び込んできた。
「寂しいとか、帰りたくないとか、言わないから」
「っ、ユリカちゃん」
「ちょっとだけ、このままでいて」
しがみつく力は強いがきっと弱いだろう。
引き剥がそうとすればできるはずだった。
だが、…しなかった。
「…わかった」
抱きしめ返すことは、しちゃいけねェ。
頭に手を置いた。
「…ユリカちゃんは、優しいなァ」
「…」
「寂しいとか帰りたくないとか言ったら、おれが困ると思ったんだろ」
そっと髪を撫でる。
「ユリカちゃんにはこれから、楽しいことも、嬉しいことも、たくさんある」
「…」
「それできっと、今よりずっと素敵で魅力的なレディになる」
「…私は、」
鼻にかかった声だったことには気付かないふりをした。
「強くなりたい」
息を飲む。
…君は、もう十分強いよ。
おれなんかよりずっと。
「…そうか」
おれの背中にしがみついていた手が離れ、ユリカちゃんの顔を拭った。
「ワガママ聞いてくれて、ありがと」
そう言った瞬間にユリカちゃんはくるりと踵を返した。
その迷いのなさに、彼女はここでの日々を振り切ろうとしているのだと直感する。
「やっぱり、一人で駅まで行って、そこで拾ってもらうことにする」
「、それはダメだ」
「大丈夫、ちゃんと商店街の方通るから」
スーツケースの持ち手に伸びる手首を掴む。
それだけで止まるはずだった。
なのに、おれはユリカちゃんを抱きしめていた。
「…」
「…」
ユリカちゃんの体が緊張しているのがわかった。
おれの心臓もうるさいくらいに鳴っていた。
何か、言わなきゃいけねぇのに。
「…大丈夫」
不意にユリカちゃんの声が耳を打つ。
「私は期待なんかしないから大丈夫。大丈夫だから、」
細い腕がおれの背中に回る。
「サンジくんも、大丈夫」
おれは、おれの方が、ずっとずっと弱い。
彼女に謝りたかった。
悪ィ、振り切れないのはおれの方だ。
たぶん長く引きずるのもおれの方だ。
こんなにみっともねェ大人でごめんな。
なのに恋してくれてありがとな。
…せめて、これだけは顔を見て伝えねぇと。
体を離して彼女の顔を見る。
おれはいまどんな顔をしてるんだろうか。
それを取り繕えるほど、立派な大人にはなれなかった。
この夏、ここにいてくれたこと。
「ありがとな、ユリカちゃん」
*
二人が出て行ったドアを、おれはしばらく見ていたんだと思う。
オーナーが来たときには、如才なく会話できていたはずだった。覚えてねぇけど。
扉が閉まるその瞬間に、ユリカちゃんがほんの少し振り返って、細い指がピースしたのが見えた。
たぶん微笑んでいたと思う。
天井に目を向けた。
強くならなきゃいけねェ。
誰かと別れることに。
あの子にだって、おれにだって、この先にまた他の出会いと別れがやってくる。
あァ、ちくしょう。
守りたかったなァ。
あの時間を。
彼女のいるこの場所を。
天井のタイルがぼやけていく。
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