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初雪のはなし

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「…ペンギンか」
「お見通しでしたか」
「盗み聞きとはいい度胸だな」
「いえ?通りかかったら聞こえてしまっただけですよ」

おれはここに見習いとして置いてもらっている、まあただの小間使いだ。
廊下の向こうから歩いてきたこの人は、この町一番の名医でおれの師匠。

「本当のことは言わないことにしたんですね」
「…お前も他言無用だ」
「そりゃあもちろん、仰せとあらば。ですけど…医者連中なら分かっちまうんじゃないですか」

師匠とすれ違う瞬間を狙って言った。

「あんたほどの名医なら、薬で患者を病気にすることもできるって」
「…ハッ」
「どうしました?」
「おれが使ったのは本来の治療薬だ。他の医者なら一番に選ぶ薬だろう。…だが、あいつの体質には毒になり得るものだった。そんな見分けもできねぇヤツらが医者を名乗ってやがるんだ。あいつらにはわかりはしない」
「…それは恐れ入ります」


この人が治療したんだ、適切な薬を与えればこれほどまでに衰弱しなかっただろう。
だが、根治にはこの診療所の設備での治療が必要だった。
あの遊廓から連れ出すために衰弱させて死期が近いと思わせ、献体希望の誓約書を楼主と女将に見せて身柄を引き受けると押し切り、必要な手続きだと説得して年季明けの証明を書かせた。
帰り際、師匠は供養代にしても多すぎるほどの金を積んだ。

「あの女が生きていると知れたら、楼主と女将が黙っちゃいないでしょうに」
「そうかもな」

師匠の背中が廊下を進む。
ただ連れ出すだけなら年季明けの証明書など不要だ。治して遠くへやってしまえばいい。
生きて返すつもりでも、そんなもの必要ない。
必要なのは、手元に置いておく場合のみ。

「閉じ込める気ですか?」
「…さァな」

背中が廊下を曲がり見えなくなる。

「…鳥籠を出ても遊女に自由はないってか」

部屋に戻りながら、自分の姉を思い浮かべた。
娘時代は父の、嫁いでからは夫の作る鳥籠の中で生きている。


「そもそも…女に自由はないのかね」


そう言ってから、そんなものは自分にも無いのだと思い至って自嘲した。
侍も商人も何かしら雁字搦めだ。


処置の時に少しだけ見た、元遊女の顔を思う。
頬骨が浮くほど痩せてはいたが、不思議と他の遊女にあるような険しさや不幸そうな印象は薄かった。
ただ溶けていきそうなほど透明な女だと思った。

…むしろ、あいつを野に放ったらすぐに死んじまいそうだな。



悪くねェのか、鳥籠も。
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