初雪のはなし
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どこからか手鞠歌が聞こえる。
聞くとは無しに聞いていると、歌が途切れて咳の音。
その出所を見遣る。
✳
目覚めてから丸一日が経った。
昼に久しぶりの重湯を口にすると、腹から温まったのか眠気に襲われ、目が覚めると夜の帳が下りていた。
足音がして襖が開く。
先生がお見えになった。
「目覚めたか」
「はい」
先生が脈を測り胸の音を聞くあいだ、考えていた。
「…先生」
「なんだ」
「私の命はあとどのくらいでしょう」
先生が少し眉を上げる。
「気休めはいりません。本当のことを教えて頂きたいのです」
「…では本当のことを話す」
「はい」
「疑うなよ」
「もちろんです」
「…お前をここに運んだ日、いつ命が絶えてもおかしくはなかった。そこで、一か八かの賭けをした。効けば命が助かり病は治るが、そうでなければ死に至っていただろう」
「…賭け…」
「結果として、お前は死ななかった」
それは、つまり。
「私は、賭けに勝ったのでしょうか?」
「そうだ。その証拠に、昨日目覚めてから一度でも咳は出たか?」
「…出て、おりません…」
「時間はかかるが、いずれ病気は癒える」
じわりと目に熱いものがこみ上げた。
「…本当に…先生には、なんとお礼を言えばいいのか…」
「いや、礼はいい。代わりに…」
先生の灰色の目が私を見据える。
「お前の本当の名前を教えてくれ」
本当の名前。
誰かに聞かれるのはいつ以来だろう。
”ハル姫様、奥方様がお呼びです”
”わかりました”
”許してください、おハル…あなただけ残して行く母を…”
”私は大丈夫です。母上のせいではありませんし、私は父上のことも恨んでおりません。おミツをよろしくお願いいたします”
”今日からお前は初雪だ。元の名前は捨てな”
「ハル、と、申します」
「…そうか。ハル、か」
「そうです」
「…ハル」
「はい」
先生の大きな手が私の頬に添えられる。
「…よく、頑張ったな」
優しいまなざしが私に注がれている。
今度こそ涙はあふれ出して、私の頬と先生の手を濡らしたのだった。
聞くとは無しに聞いていると、歌が途切れて咳の音。
その出所を見遣る。
✳
目覚めてから丸一日が経った。
昼に久しぶりの重湯を口にすると、腹から温まったのか眠気に襲われ、目が覚めると夜の帳が下りていた。
足音がして襖が開く。
先生がお見えになった。
「目覚めたか」
「はい」
先生が脈を測り胸の音を聞くあいだ、考えていた。
「…先生」
「なんだ」
「私の命はあとどのくらいでしょう」
先生が少し眉を上げる。
「気休めはいりません。本当のことを教えて頂きたいのです」
「…では本当のことを話す」
「はい」
「疑うなよ」
「もちろんです」
「…お前をここに運んだ日、いつ命が絶えてもおかしくはなかった。そこで、一か八かの賭けをした。効けば命が助かり病は治るが、そうでなければ死に至っていただろう」
「…賭け…」
「結果として、お前は死ななかった」
それは、つまり。
「私は、賭けに勝ったのでしょうか?」
「そうだ。その証拠に、昨日目覚めてから一度でも咳は出たか?」
「…出て、おりません…」
「時間はかかるが、いずれ病気は癒える」
じわりと目に熱いものがこみ上げた。
「…本当に…先生には、なんとお礼を言えばいいのか…」
「いや、礼はいい。代わりに…」
先生の灰色の目が私を見据える。
「お前の本当の名前を教えてくれ」
本当の名前。
誰かに聞かれるのはいつ以来だろう。
”ハル姫様、奥方様がお呼びです”
”わかりました”
”許してください、おハル…あなただけ残して行く母を…”
”私は大丈夫です。母上のせいではありませんし、私は父上のことも恨んでおりません。おミツをよろしくお願いいたします”
”今日からお前は初雪だ。元の名前は捨てな”
「ハル、と、申します」
「…そうか。ハル、か」
「そうです」
「…ハル」
「はい」
先生の大きな手が私の頬に添えられる。
「…よく、頑張ったな」
優しいまなざしが私に注がれている。
今度こそ涙はあふれ出して、私の頬と先生の手を濡らしたのだった。