霧里のはなし

珍しく他の部屋持ち遊女と一緒に朝餉を囲んでいる。

「久方ぶりに霧里太夫とご一緒できて嬉しおす」
「いやねぇ、昔みたいにおウメちゃんってお呼びなんし」
「じゃあ…おウメちゃん、あちきの甘露梅おひとつどうぞ」
「おキヌちゃんも、この卵焼き半分どうぞ」

この細雪という遊女は同じねえさんについていた年下の元禿かむろで、私より器量良しで真面目な花魁候補だった。
”あんたが勝ってるのはここぞというときの気の強さだけ”とねえさんが笑っていたのを思い出す。
時は流れ、地道に努力を続けてきた細雪がやっと部屋持ちになる頃、お客と喧嘩することさえあった私は何人かの太客に見初められ花魁に登り詰めていた。
人生はわからないものである。

他愛もない会話を続けていた細雪の顔が急に引き締まり、あぁ本題だ、と咄嗟に思う。

「楼主様に聞きんした。…身請けのこと」

楼主様の差し金というと聞こえは悪いが、何か聞き出すように言われて来ただろうことは、朝餉に誘われた時から予感していた。
楼主様としても待つと言った以上、私をせっつくことも出来ず、こうやって妹にあたる細雪に頼み込んだのだろう。

「断るおつもりでありんすか?」

これだけ返事を引き伸ばしていれば、そう思われても無理はない。
実際に最初の頃は断る選択肢の方が大きかった。
けれど。
私は静かに首を振った。

「昔、ねえさんがおっせえしたこと、思い出しんした」
「ねえさんが?」
「”わちき達が自由になるには、年季明けを待つか、身請けしかありんせん”と」
「…」

細雪がそっと箸を置く。

「その片方が選べるだけでも、おウメちゃんはこの遊郭でいま一番幸せな遊女でありんす」



「ひとつ、お聞きしとうござりいす」
「なんだ?」

手に持っていたお銚子を盆へ戻した。
旦那様へ向き直る。

「あちきには心に想うお方がござりいす。どなたがお身請け下さっても、今生その方が心から消えることはありんせん。それでも、あちきをお身請けしたいとお思いで?」

ひと呼吸の後にドフラミンゴ様はニッと笑った。

「もちろんだ。前にも言っただろう。」

顎に手が添えられ上を向かされた。
今までならばふいと逃れていたところだったが、今日ばかりは抵抗せずに身を預ける。

「おれにはお前が必要だ。お前の心が誰を慕っていようと構わねェ」

色の着いた硝子越しに、いまきっと目が合っている。


「…謹んで、お受けいたしんす」
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