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霧里のはなし

「わちきが必要とおっせえしたが、」
「そのままの意味だが?」
「…男女の色恋に聞こえやしんせん」

遊女を身請けしたいという客は、心底遊女に惚れ込んでいる。
途方もない金を積むのだ。
まるで幻に目が眩んでいるかのように。

「なるほど。…愚かではないようだ」

情事の際にも見せたことのない、舌舐めずりをするような顔がドフラミンゴ様の顔に浮かんだ。
あァ、この人が欲しかったのはそうか。

「おれが欲しいのは読み書き算盤ができる賢い女だ。店の看板になれるような目鼻立ちだと尚良い」
「…そうでござりんしたか」

お銚子を傾けてドフラミンゴ様の盃を満たす。

「…それならば、もっと下級の遊女でも事足りると言うもの。なぜわちきを?」
「フフフフ、良い質問だ」

杯を傾けてひとくち酒を含んだ口元が、またいつもの弧を描く。

「おれは育ちを重視する」
「…どういう意味でありんす?」
「世を恨む気持ちがどれだけ強いか。おれが周りの者を選ぶ物差しはそれだ」
「…おそらくこの町には、その気持ちを持たない遊女はおりんせん」
「そりゃあそうだが…」

舶来ものの色眼鏡が目と鼻の先まで近づいた。

「オケワキ村は、それはそれはきれいなところだったなァ」

心の臓が早鐘のように打ち始めた。
この人は、知っている。
私の生まれた場所を、そこで起こったことを。
初めから何もかも知っていて私を呼んだのだろうか。

「…」
「おっと、無粋だったな」
「…遊女にあるのは”今”だけでありんす。あちきも、過去など持ち合わせがござりんせん」



「ウメ、逃げぇ…!!」
「おっとう!!」

火がすぐそこまで来ていた。
刀がぶつかる高い音。
火薬の匂い。

「ウメ、こっちじゃ!」
「おっかあ、おっとうが!!」

視界に広がる紅。
さっきまでおっかあだった、肉の塊。
腐った匂い。

「グズグズすんなガキが!!」

顔面を衝撃が襲い、血の匂いが立ち込める。
昨日出た鼻血がやっと止まったところだったのに。
野党の爪先が腹に食い込んで何かを吐く。

「汚してんじゃねえよ!!テメェみてぇな役立たず、野犬の餌にしてもいいんだぞ!?」

そうか、前の日から何も食べていないんだった。

「お前の名前は霧里だよ。せいぜい励むことだね」
「わちき達遊女が自由になるには、稼いで年季明けを待つか、身請けして貰う道しかありんせん」

この街に来た時に思ったのだった。
こんな地獄のような浮世で、自分の力で自由になってやる、と。
それが、私の出来る1番の復讐だ。
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