霧里のはなし
「わちきが必要とおっせえしたが、」
「そのままの意味だが?」
「…男女の色恋に聞こえやしんせん」
遊女を身請けしたいという客は、心底遊女に惚れ込んでいる。
途方もない金を積むのだ。
まるで幻に目が眩んでいるかのように。
「なるほど。…愚かではないようだ」
情事の際にも見せたことのない、舌舐めずりをするような顔がドフラミンゴ様の顔に浮かんだ。
あァ、この人が欲しかったのはそうか。
「おれが欲しいのは読み書き算盤ができる賢い女だ。店の看板になれるような目鼻立ちだと尚良い」
「…そうでござりんしたか」
お銚子を傾けてドフラミンゴ様の盃を満たす。
「…それならば、もっと下級の遊女でも事足りると言うもの。なぜわちきを?」
「フフフフ、良い質問だ」
杯を傾けてひとくち酒を含んだ口元が、またいつもの弧を描く。
「おれは育ちを重視する」
「…どういう意味でありんす?」
「世を恨む気持ちがどれだけ強いか。おれが周りの者を選ぶ物差しはそれだ」
「…おそらくこの町には、その気持ちを持たない遊女はおりんせん」
「そりゃあそうだが…」
舶来ものの色眼鏡が目と鼻の先まで近づいた。
「オケワキ村は、それはそれはきれいなところだったなァ」
心の臓が早鐘のように打ち始めた。
この人は、知っている。
私の生まれた場所を、そこで起こったことを。
初めから何もかも知っていて私を呼んだのだろうか。
「…」
「おっと、無粋だったな」
「…遊女にあるのは”今”だけでありんす。あちきも、過去など持ち合わせがござりんせん」
*
「ウメ、逃げぇ…!!」
「おっとう!!」
火がすぐそこまで来ていた。
刀がぶつかる高い音。
火薬の匂い。
「ウメ、こっちじゃ!」
「おっかあ、おっとうが!!」
視界に広がる紅。
さっきまでおっかあだった、肉の塊。
腐った匂い。
「グズグズすんなガキが!!」
顔面を衝撃が襲い、血の匂いが立ち込める。
昨日出た鼻血がやっと止まったところだったのに。
野党の爪先が腹に食い込んで何かを吐く。
「汚してんじゃねえよ!!テメェみてぇな役立たず、野犬の餌にしてもいいんだぞ!?」
そうか、前の日から何も食べていないんだった。
「お前の名前は霧里だよ。せいぜい励むことだね」
「わちき達遊女が自由になるには、稼いで年季明けを待つか、身請けして貰う道しかありんせん」
この街に来た時に思ったのだった。
こんな地獄のような浮世で、自分の力で自由になってやる、と。
それが、私の出来る1番の復讐だ。
「そのままの意味だが?」
「…男女の色恋に聞こえやしんせん」
遊女を身請けしたいという客は、心底遊女に惚れ込んでいる。
途方もない金を積むのだ。
まるで幻に目が眩んでいるかのように。
「なるほど。…愚かではないようだ」
情事の際にも見せたことのない、舌舐めずりをするような顔がドフラミンゴ様の顔に浮かんだ。
あァ、この人が欲しかったのはそうか。
「おれが欲しいのは読み書き算盤ができる賢い女だ。店の看板になれるような目鼻立ちだと尚良い」
「…そうでござりんしたか」
お銚子を傾けてドフラミンゴ様の盃を満たす。
「…それならば、もっと下級の遊女でも事足りると言うもの。なぜわちきを?」
「フフフフ、良い質問だ」
杯を傾けてひとくち酒を含んだ口元が、またいつもの弧を描く。
「おれは育ちを重視する」
「…どういう意味でありんす?」
「世を恨む気持ちがどれだけ強いか。おれが周りの者を選ぶ物差しはそれだ」
「…おそらくこの町には、その気持ちを持たない遊女はおりんせん」
「そりゃあそうだが…」
舶来ものの色眼鏡が目と鼻の先まで近づいた。
「オケワキ村は、それはそれはきれいなところだったなァ」
心の臓が早鐘のように打ち始めた。
この人は、知っている。
私の生まれた場所を、そこで起こったことを。
初めから何もかも知っていて私を呼んだのだろうか。
「…」
「おっと、無粋だったな」
「…遊女にあるのは”今”だけでありんす。あちきも、過去など持ち合わせがござりんせん」
*
「ウメ、逃げぇ…!!」
「おっとう!!」
火がすぐそこまで来ていた。
刀がぶつかる高い音。
火薬の匂い。
「ウメ、こっちじゃ!」
「おっかあ、おっとうが!!」
視界に広がる紅。
さっきまでおっかあだった、肉の塊。
腐った匂い。
「グズグズすんなガキが!!」
顔面を衝撃が襲い、血の匂いが立ち込める。
昨日出た鼻血がやっと止まったところだったのに。
野党の爪先が腹に食い込んで何かを吐く。
「汚してんじゃねえよ!!テメェみてぇな役立たず、野犬の餌にしてもいいんだぞ!?」
そうか、前の日から何も食べていないんだった。
「お前の名前は霧里だよ。せいぜい励むことだね」
「わちき達遊女が自由になるには、稼いで年季明けを待つか、身請けして貰う道しかありんせん」
この街に来た時に思ったのだった。
こんな地獄のような浮世で、自分の力で自由になってやる、と。
それが、私の出来る1番の復讐だ。