雛菊のはなし
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「そこを行くのは麗しの雛菊ちゃんじゃないかーい!?」
お座敷帰りに声をかけられ振り向くと、見たことが有るような無いような人が駆けてくるのが見えた。
「ウソ八、あの方って」
「あァ、こないだお前をゾロ十郎んとこまで運んでくれた奴だよ」
「ああ、あの時の!」
目を不思議な形にしたその人は私の前で止まり、膝を折って不可解なことを言っていた。
「そういや紹介しそびれたよな。こいつはサン五郎。近くの仕出し屋の店主だ」
「この間は運んでくださってありがとうございました。私、お礼も言えずに」
「いいんだ、あのくらい。雛菊ちゃんの力になれるなら、おれは空だって飛んでみせるさ!」
「そうか丁度良かった。今から雛菊を一人で置屋に帰さなきゃならなくて困ってたんだよー、サン五郎、代わりに送ってくれねぇか」
「…そういうことなら任せろ!おれ以上の適任はいねぇさ」
「おーよろしくな!じゃーおれはこれで」
「ありがとうウソ八、またお座敷でね」
なんとなく緊張する私に、長身のその人は歩幅を合わせて歩き出す。
仕事の話、料理の話…この人の話術だろうか、いつしか緊張は解けていた。
「そういえば、あの時は兄が失礼なことを…すみませんでした」
「いいんだよ!マリモのあれは今に始まったことじゃねぇし…って…え?…兄?」
立ち止まるその人を不思議な気持ちで見上げる。
「あの凶悪ヅラと…この可憐な雛菊ちゃんが…きょうだい…!?」
「あ、えっと、違うんです。血は繋がっていなくて」
普段はここまで説明しないが、あまりの動揺にこちらも驚いてしまい、正直に話すことにした。
「あァ…訳ありなら話さなくてもいいが」
「いえ。兄は、…ゾロ十郎は私が所属する置屋の女将さんの息子で、私は6歳から置屋で育ったので兄と呼んでいるだけです」
「そうか…あいつ…女の園で生まれ育っただと…!?許せねぇ!!」
「ああでも、生まれてすぐに養子に出されたそうですし、8歳で戻ってから独り立ちするまで…5年も置屋にはいなかったと思います」
兄が養子に出された家は8年後に没落し、一人この花街に帰されたそうだ。
置屋は男子居住禁止のため、兄は離れに住まわされていた。
仕込みには幼すぎた私も離れの隣室に住まわされ、そこにはおかあさんの”男を克服してほしい”という狙いがあったのだろうと思う。
「あいつ、昔からあんなに凶悪なツラしてたのか?」
「凶悪かどうかは分かりませんが、あのまま小さくすれば子供の頃の兄です」
「それはなんつーか、かわいげのねぇガキだったろうに」
「そうかもしれませんね」
兄の話をすると嫌でも思い出す数日前の光景に、疼くように痛む胸を抱えてまた歩き出した。
いくら体を重ねたところで、あの人を縛るものを私は持たない。
花街に生まれ育った者の宿命だろうか。
たくさんの恋と愛が生まれては消えるのを肌で感じながら大人になったせいかもしれないけれど。
恋の相手を縛ることなんて不可能だと思ってしまう。
たとえ私にとっては唯一無二でも、あの人以外に考えられないという相手でも、相手にとってはそうではないことは、往々にしてある。
首を振った。
大丈夫。
…この痛みも、全部。
芸を磨くための材料だと思えば、耐えられる。
今までだって、そうやって来たんだから。
お座敷帰りに声をかけられ振り向くと、見たことが有るような無いような人が駆けてくるのが見えた。
「ウソ八、あの方って」
「あァ、こないだお前をゾロ十郎んとこまで運んでくれた奴だよ」
「ああ、あの時の!」
目を不思議な形にしたその人は私の前で止まり、膝を折って不可解なことを言っていた。
「そういや紹介しそびれたよな。こいつはサン五郎。近くの仕出し屋の店主だ」
「この間は運んでくださってありがとうございました。私、お礼も言えずに」
「いいんだ、あのくらい。雛菊ちゃんの力になれるなら、おれは空だって飛んでみせるさ!」
「そうか丁度良かった。今から雛菊を一人で置屋に帰さなきゃならなくて困ってたんだよー、サン五郎、代わりに送ってくれねぇか」
「…そういうことなら任せろ!おれ以上の適任はいねぇさ」
「おーよろしくな!じゃーおれはこれで」
「ありがとうウソ八、またお座敷でね」
なんとなく緊張する私に、長身のその人は歩幅を合わせて歩き出す。
仕事の話、料理の話…この人の話術だろうか、いつしか緊張は解けていた。
「そういえば、あの時は兄が失礼なことを…すみませんでした」
「いいんだよ!マリモのあれは今に始まったことじゃねぇし…って…え?…兄?」
立ち止まるその人を不思議な気持ちで見上げる。
「あの凶悪ヅラと…この可憐な雛菊ちゃんが…きょうだい…!?」
「あ、えっと、違うんです。血は繋がっていなくて」
普段はここまで説明しないが、あまりの動揺にこちらも驚いてしまい、正直に話すことにした。
「あァ…訳ありなら話さなくてもいいが」
「いえ。兄は、…ゾロ十郎は私が所属する置屋の女将さんの息子で、私は6歳から置屋で育ったので兄と呼んでいるだけです」
「そうか…あいつ…女の園で生まれ育っただと…!?許せねぇ!!」
「ああでも、生まれてすぐに養子に出されたそうですし、8歳で戻ってから独り立ちするまで…5年も置屋にはいなかったと思います」
兄が養子に出された家は8年後に没落し、一人この花街に帰されたそうだ。
置屋は男子居住禁止のため、兄は離れに住まわされていた。
仕込みには幼すぎた私も離れの隣室に住まわされ、そこにはおかあさんの”男を克服してほしい”という狙いがあったのだろうと思う。
「あいつ、昔からあんなに凶悪なツラしてたのか?」
「凶悪かどうかは分かりませんが、あのまま小さくすれば子供の頃の兄です」
「それはなんつーか、かわいげのねぇガキだったろうに」
「そうかもしれませんね」
兄の話をすると嫌でも思い出す数日前の光景に、疼くように痛む胸を抱えてまた歩き出した。
いくら体を重ねたところで、あの人を縛るものを私は持たない。
花街に生まれ育った者の宿命だろうか。
たくさんの恋と愛が生まれては消えるのを肌で感じながら大人になったせいかもしれないけれど。
恋の相手を縛ることなんて不可能だと思ってしまう。
たとえ私にとっては唯一無二でも、あの人以外に考えられないという相手でも、相手にとってはそうではないことは、往々にしてある。
首を振った。
大丈夫。
…この痛みも、全部。
芸を磨くための材料だと思えば、耐えられる。
今までだって、そうやって来たんだから。