雛菊のはなし
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「そういうことだが雛菊、なにか言いたいことはあるかい」
「…たくさん、あります」
「たくさんかい。ひとつかふたつにしておくれ」
「じゃあ…ふたつ」
少し迷って、思ったままに問いかける。
「どうして私なんですか?」
叱り飛ばされるかと身構えたけれど、おかあさんの表情は思ったより穏やかだった。
「そうだねえ…表向きの理由はいくつだって挙げられる。あんたが誰よりも芸事に打ち込んでいるからとか、逸材と言える実力を持っているからとか、指名の多さも申し分ないし、妹芸者への接し方は…まあちょっと甘すぎる時もあるが締める時はきちんと締められて面倒見もいいし」
普段小言ばかり言われているから褒められると逆に居心地が悪い。
「なんて表向きの理由は置いといてね…単純にあんたを他所へやるのが惜しくなったのさ。最初は暇さえあれば泣いてばかりいた子が、誰より稽古を重ねてこんなに立派になって、これからもうちを支えてくれるならどんなに良いかって」
「…でも、それなら女将さんは今のまま私が残れば、」
「わからない子だね。あたしだって不老不死じゃないんだからいつか女将をやれなくなる、そうなってからあんたに女将のいろはを仕込んでも遅いんだよ。幸いあんたの下の娘たちも育ってきてるし、もうすぐ襟替えや一本立ちが何人かいるだろう。その作法を覚えるいい機会だし、あんたの年季もそろそろ終わる。これ以上の好機はないと思うんだがねェ」
なるほど、言われてみれば確かにそうかもしれない。
自信のなさを忘れるほど、おかあさんの言葉には説得力があった。
「それで?もうひとつは?」
*
「雛菊!」
雛菊が勝丸さんの声に足を止める。
午後は唄を見てもらう約束をしていたそうな。
「あたし午後は用事が出来たんだ。悪いけど唄はまた今度にしておくれ」
「…はいっ」
皺の多い顔がいたずら好きな少女のように笑った。
「しっかり芸の肥やしにしておいで」
「…はい!」
勝丸さんが戻ってきた。
「あーあーあんなに跳ねるように走って行って。みっともない」
「ああいうところは変わらないねぇ」
「帰ってきたら言って聞かせないと」
「ま、でも、上手く収まるんじゃないのかい。雛菊が坊ちゃんと一緒になってここを継いでくれれば」
「そうだねぇ」
2年前、あのバカ息子が尋ねて来るなり土下座したんだ。
"雛菊に手を出した"って。
雛菊は言わばうちの商品だが、相手がお客でなけりゃ色恋沙汰には寛容だ。
ただまぁあの子は事情が事情だから、あいつも気にしたんだろう。
あたしが"責任取る気はあんのかい"って聞くと、あのバカ息子、いっちょ前に"当たり前だ"とか言うもんで、久しぶりに一発お見舞いしちまったよ。
雛菊は誰より芸にまっすぐだ。
もし先にあいつとくっついてから跡継ぎ話が出たらおそらく気に病むだろうと踏んで、身を固めるにしても年季明けまで待つように言っといたんだがね。
まァ、恋ってのは恐ろしいもんだよ。
おぼこさが残ってた雛菊が一気に艶を身に着けて、芸が何重にも垢抜けたんだからさ。
「どっちもあたしの子供だからねェ」
あたしにだって、あの二人の幸せを願う権利ぐらいあるだろう?
「…たくさん、あります」
「たくさんかい。ひとつかふたつにしておくれ」
「じゃあ…ふたつ」
少し迷って、思ったままに問いかける。
「どうして私なんですか?」
叱り飛ばされるかと身構えたけれど、おかあさんの表情は思ったより穏やかだった。
「そうだねえ…表向きの理由はいくつだって挙げられる。あんたが誰よりも芸事に打ち込んでいるからとか、逸材と言える実力を持っているからとか、指名の多さも申し分ないし、妹芸者への接し方は…まあちょっと甘すぎる時もあるが締める時はきちんと締められて面倒見もいいし」
普段小言ばかり言われているから褒められると逆に居心地が悪い。
「なんて表向きの理由は置いといてね…単純にあんたを他所へやるのが惜しくなったのさ。最初は暇さえあれば泣いてばかりいた子が、誰より稽古を重ねてこんなに立派になって、これからもうちを支えてくれるならどんなに良いかって」
「…でも、それなら女将さんは今のまま私が残れば、」
「わからない子だね。あたしだって不老不死じゃないんだからいつか女将をやれなくなる、そうなってからあんたに女将のいろはを仕込んでも遅いんだよ。幸いあんたの下の娘たちも育ってきてるし、もうすぐ襟替えや一本立ちが何人かいるだろう。その作法を覚えるいい機会だし、あんたの年季もそろそろ終わる。これ以上の好機はないと思うんだがねェ」
なるほど、言われてみれば確かにそうかもしれない。
自信のなさを忘れるほど、おかあさんの言葉には説得力があった。
「それで?もうひとつは?」
*
「雛菊!」
雛菊が勝丸さんの声に足を止める。
午後は唄を見てもらう約束をしていたそうな。
「あたし午後は用事が出来たんだ。悪いけど唄はまた今度にしておくれ」
「…はいっ」
皺の多い顔がいたずら好きな少女のように笑った。
「しっかり芸の肥やしにしておいで」
「…はい!」
勝丸さんが戻ってきた。
「あーあーあんなに跳ねるように走って行って。みっともない」
「ああいうところは変わらないねぇ」
「帰ってきたら言って聞かせないと」
「ま、でも、上手く収まるんじゃないのかい。雛菊が坊ちゃんと一緒になってここを継いでくれれば」
「そうだねぇ」
2年前、あのバカ息子が尋ねて来るなり土下座したんだ。
"雛菊に手を出した"って。
雛菊は言わばうちの商品だが、相手がお客でなけりゃ色恋沙汰には寛容だ。
ただまぁあの子は事情が事情だから、あいつも気にしたんだろう。
あたしが"責任取る気はあんのかい"って聞くと、あのバカ息子、いっちょ前に"当たり前だ"とか言うもんで、久しぶりに一発お見舞いしちまったよ。
雛菊は誰より芸にまっすぐだ。
もし先にあいつとくっついてから跡継ぎ話が出たらおそらく気に病むだろうと踏んで、身を固めるにしても年季明けまで待つように言っといたんだがね。
まァ、恋ってのは恐ろしいもんだよ。
おぼこさが残ってた雛菊が一気に艶を身に着けて、芸が何重にも垢抜けたんだからさ。
「どっちもあたしの子供だからねェ」
あたしにだって、あの二人の幸せを願う権利ぐらいあるだろう?