雛菊のはなし
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「ねえ雛菊ちゃん」
朝ごはんを終えて三味線の稽古に行こうとしたら声をかけられた。
「はい、紗月ねえさん」
「雛菊ちゃんあと三月で年季明けでしょう。もう身の振り方は決めたの?」
「…いえ、まだです」
紗月ねえさんはにこりと口元だけで笑う。
「そう。雛菊ちゃんほどの人気芸者だったら独立しても大丈夫でしょう。それに遊女屋さんからお声もかかっていたものね。心配なんてないじゃない。早く決めちゃいなさいよ」
「…」
「それとも何か、考えていることがあるのかしら」
ねえさんの口元が弧を描くのを辞めた。
それを見て私は瞬時に言葉を選ぶ。
「ありません。ただ私に意気地がないだけです。お導き、ありがとうございます。では三味線のお稽古に行って参ります」
一息に言って踵を返した。
玄関の戸を閉めて少し息を吐く。
あの顔をした後の紗月ねえさんは怖い。
叱る言葉が止まらなくなるのだ。
最初はそれに怯えるばかりだったけれど、段々と上手に躱せるようになり、それと共にお座敷での話術も円滑に行くようになった。
どんな経験も芸の肥やし、とはおかあさんの言葉だけれど本当にその通りだと思う。
*
昼に帰ってきた時には角屋は大騒動の渦中だった。
「あっ雛菊ねえさんおかえりなさい」
「いま大変なんです」
妹芸者たちが小声で私を呼び寄せ指さした。
茶の間の障子が閉め切ってあって、覗きガラスから見える上座におかあさん、右手に勝丸ねえさん、下座に紗月ねえさん。
明らかに修羅場らしい空気が流れている。
「何があったの?」
「なんかよくわからないんですけど、勝丸ねえさんが紗月ねえさんを引っ張ってきて…」
「雛菊!!」
急に茶の間から名前を呼ばれ私はビクリと跳ねた。
「入ってきな。ほかのみんなは部屋へ戻りな!」
おかあさんに呼ばれ、おずおずと茶の間へ足を踏み入れる。
厳しい表情のおかあさん、私を気遣うような表情の勝丸ねえさん、俯いたままの紗月ねえさん。
異常な空気に緊張しながら、紗月ねえさんより更に下座に腰を下ろした。
「…あんたのせいよ…」
不意に低い呟きが聞こえ、目を転じると紗月ねえさんが横目で私を睨みつけていた。
「あんたがさっさと独り立ちしないから!!あんたがあの男を誑かすから!!あんたのせいで何であたしが」
「恥を知りな紗月!!!」
紗月ねえさんの声に被せるようにおかあさんが怒鳴る。
ビクリと黙った紗月ねえさんに、勝丸ねえさんが話し出した。
「…あんた、最近いつ唄の稽古に行ったんだい?三味線は?」
「…」
「芸を磨くことを怠って、どうやって置屋の女将になれる?芸を売るという本業すらままならない人間が、どうして信頼して商売を任せてもらえるんだい?」
…話の筋が見えず、なぜ自分がここに呼ばれたのかわからない。
でも経験上、それを質問すると叱られることは明白なので、話の流れに疑問を持ちながらも私は無言を貫いていた。
朝ごはんを終えて三味線の稽古に行こうとしたら声をかけられた。
「はい、紗月ねえさん」
「雛菊ちゃんあと三月で年季明けでしょう。もう身の振り方は決めたの?」
「…いえ、まだです」
紗月ねえさんはにこりと口元だけで笑う。
「そう。雛菊ちゃんほどの人気芸者だったら独立しても大丈夫でしょう。それに遊女屋さんからお声もかかっていたものね。心配なんてないじゃない。早く決めちゃいなさいよ」
「…」
「それとも何か、考えていることがあるのかしら」
ねえさんの口元が弧を描くのを辞めた。
それを見て私は瞬時に言葉を選ぶ。
「ありません。ただ私に意気地がないだけです。お導き、ありがとうございます。では三味線のお稽古に行って参ります」
一息に言って踵を返した。
玄関の戸を閉めて少し息を吐く。
あの顔をした後の紗月ねえさんは怖い。
叱る言葉が止まらなくなるのだ。
最初はそれに怯えるばかりだったけれど、段々と上手に躱せるようになり、それと共にお座敷での話術も円滑に行くようになった。
どんな経験も芸の肥やし、とはおかあさんの言葉だけれど本当にその通りだと思う。
*
昼に帰ってきた時には角屋は大騒動の渦中だった。
「あっ雛菊ねえさんおかえりなさい」
「いま大変なんです」
妹芸者たちが小声で私を呼び寄せ指さした。
茶の間の障子が閉め切ってあって、覗きガラスから見える上座におかあさん、右手に勝丸ねえさん、下座に紗月ねえさん。
明らかに修羅場らしい空気が流れている。
「何があったの?」
「なんかよくわからないんですけど、勝丸ねえさんが紗月ねえさんを引っ張ってきて…」
「雛菊!!」
急に茶の間から名前を呼ばれ私はビクリと跳ねた。
「入ってきな。ほかのみんなは部屋へ戻りな!」
おかあさんに呼ばれ、おずおずと茶の間へ足を踏み入れる。
厳しい表情のおかあさん、私を気遣うような表情の勝丸ねえさん、俯いたままの紗月ねえさん。
異常な空気に緊張しながら、紗月ねえさんより更に下座に腰を下ろした。
「…あんたのせいよ…」
不意に低い呟きが聞こえ、目を転じると紗月ねえさんが横目で私を睨みつけていた。
「あんたがさっさと独り立ちしないから!!あんたがあの男を誑かすから!!あんたのせいで何であたしが」
「恥を知りな紗月!!!」
紗月ねえさんの声に被せるようにおかあさんが怒鳴る。
ビクリと黙った紗月ねえさんに、勝丸ねえさんが話し出した。
「…あんた、最近いつ唄の稽古に行ったんだい?三味線は?」
「…」
「芸を磨くことを怠って、どうやって置屋の女将になれる?芸を売るという本業すらままならない人間が、どうして信頼して商売を任せてもらえるんだい?」
…話の筋が見えず、なぜ自分がここに呼ばれたのかわからない。
でも経験上、それを質問すると叱られることは明白なので、話の流れに疑問を持ちながらも私は無言を貫いていた。