雛菊のはなし
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お座敷に向かう途中、兄を見かけた。
その腕にしなだれかかっている人を見て、一瞬仕事行きの顔が崩れかける。
何とか持ち直して背筋を伸ばした。
…あれは…紗月ねえさん…。
紗月ねえさんは私よりひと月早く角屋に籍を置いた先輩芸者だ。
芸者の中では勝丸ねえさんに次いで2番目に長い。
ただ、おかあさんが禁じている”泊まり”に時折手を出しているらしく、追及しても誤魔化し続けていると勝丸ねえさんが嘆いていたのを思い起こす。
どうしてあの二人が一緒にいるのか、あんなに親しくしているのか、頭の中で色々な疑念が回る。
振り切るように一度目を閉じた。
”何を見ようが何を聞こうが、私らの商売はお客さんにお座敷を楽しんでもらってナンボなんだよ”
勝丸ねえさんの言葉が頭をよぎる。
「雛菊?」
「なんでもないわ。行きましょう」
ウソ八に微笑み返して私は背筋を伸ばした。
*
「お前今日の座敷…どうした?」
「…どこが悪かった?」
「いや逆だよ。神がかり過ぎて怖かったぐらいだ」
「そう、なら良かった」
なんつーか…今日の雛菊はもてなしや芸への情熱で燃え盛ってるみてェだった。
角屋の女将さんが最近臥せってるとも聞くし、色々気負ってんのかも知れねぇ。
「ま、力入れ過ぎても良くねえ時もあるぜ?」
「うん。そうね、でも」
雛菊が口の端をきゅっと締めた。
「今日は力入れてたい日なの」
最近、妹芸者との座敷では地方 ばっかだと言ってたが、雛菊の立方 も一級品なんだよな。
ここ2年くらいでめっきり艶っぽくなっちまって、おかげで客から守り切るのも一苦労ってもんよ。
2年前ねぇ。
まァおれが気づいただけかも知れねぇけど、ゾロ十郎とあやしくなったのもその時期じゃねェかとおれは見てる。
おれが初めて雛菊に会ったのは、7-8年前ってとこかな。
太鼓持ちの師匠に着いてった座敷で、珍しく自分と同じ位の奴がいるなと思ったらそれが雛菊だったんだよ。
ちょうど同じ頃ゾロ十郎とも顔なじみになって、あいつのとこに入り浸ってた頃にあいつらの関係を知ったって訳よ。
まぁでも、最初は驚いたねぇ。
雛菊ってやつは根性のある芸者だと聞かされていたのに、ゾロ十郎のとこでは絵に描いたような泣き虫だったんだからな。
で、一緒に座敷に出るようになったのが、16になった頃だったか。
いやァ、やりやすかったよ。
それまで随分大きい姉さん方とばっか仕事してたから、おれの扱いなんて雑巾みてェなもんだったけど、雛菊はおれをちゃんとした”芸の相棒”と見てくれた。
師匠が言ってたとおり根性があって、おれはあいつが座敷で泣くのを見たことがねぇ。
まァ芸者たちは女だから、持病の癪が~とかで急に座敷を空けることは時々あるんだけどよ、雛菊の場合は座敷中に倒れることがあって、そういう時は俺の腕の見せ所ってわけだ。
だがほんと、座敷中の機転は効くし、芸への情熱は誰よりあるし、倒れるのを差し引いてもあいつより立派な芸者は今この花街にはいねぇだろうな。
なんでそんなに芸に打ち込めるのか聞いたことがあったな。
雛菊は三味線に目を落として、たまたま通りかかった花魁に目をやって、こう言ったんだよ。
「私には逃げ道がないの」ってな。
その腕にしなだれかかっている人を見て、一瞬仕事行きの顔が崩れかける。
何とか持ち直して背筋を伸ばした。
…あれは…紗月ねえさん…。
紗月ねえさんは私よりひと月早く角屋に籍を置いた先輩芸者だ。
芸者の中では勝丸ねえさんに次いで2番目に長い。
ただ、おかあさんが禁じている”泊まり”に時折手を出しているらしく、追及しても誤魔化し続けていると勝丸ねえさんが嘆いていたのを思い起こす。
どうしてあの二人が一緒にいるのか、あんなに親しくしているのか、頭の中で色々な疑念が回る。
振り切るように一度目を閉じた。
”何を見ようが何を聞こうが、私らの商売はお客さんにお座敷を楽しんでもらってナンボなんだよ”
勝丸ねえさんの言葉が頭をよぎる。
「雛菊?」
「なんでもないわ。行きましょう」
ウソ八に微笑み返して私は背筋を伸ばした。
*
「お前今日の座敷…どうした?」
「…どこが悪かった?」
「いや逆だよ。神がかり過ぎて怖かったぐらいだ」
「そう、なら良かった」
なんつーか…今日の雛菊はもてなしや芸への情熱で燃え盛ってるみてェだった。
角屋の女将さんが最近臥せってるとも聞くし、色々気負ってんのかも知れねぇ。
「ま、力入れ過ぎても良くねえ時もあるぜ?」
「うん。そうね、でも」
雛菊が口の端をきゅっと締めた。
「今日は力入れてたい日なの」
最近、妹芸者との座敷では
ここ2年くらいでめっきり艶っぽくなっちまって、おかげで客から守り切るのも一苦労ってもんよ。
2年前ねぇ。
まァおれが気づいただけかも知れねぇけど、ゾロ十郎とあやしくなったのもその時期じゃねェかとおれは見てる。
おれが初めて雛菊に会ったのは、7-8年前ってとこかな。
太鼓持ちの師匠に着いてった座敷で、珍しく自分と同じ位の奴がいるなと思ったらそれが雛菊だったんだよ。
ちょうど同じ頃ゾロ十郎とも顔なじみになって、あいつのとこに入り浸ってた頃にあいつらの関係を知ったって訳よ。
まぁでも、最初は驚いたねぇ。
雛菊ってやつは根性のある芸者だと聞かされていたのに、ゾロ十郎のとこでは絵に描いたような泣き虫だったんだからな。
で、一緒に座敷に出るようになったのが、16になった頃だったか。
いやァ、やりやすかったよ。
それまで随分大きい姉さん方とばっか仕事してたから、おれの扱いなんて雑巾みてェなもんだったけど、雛菊はおれをちゃんとした”芸の相棒”と見てくれた。
師匠が言ってたとおり根性があって、おれはあいつが座敷で泣くのを見たことがねぇ。
まァ芸者たちは女だから、持病の癪が~とかで急に座敷を空けることは時々あるんだけどよ、雛菊の場合は座敷中に倒れることがあって、そういう時は俺の腕の見せ所ってわけだ。
だがほんと、座敷中の機転は効くし、芸への情熱は誰よりあるし、倒れるのを差し引いてもあいつより立派な芸者は今この花街にはいねぇだろうな。
なんでそんなに芸に打ち込めるのか聞いたことがあったな。
雛菊は三味線に目を落として、たまたま通りかかった花魁に目をやって、こう言ったんだよ。
「私には逃げ道がないの」ってな。