雛菊のはなし
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置屋に戻ったのは西の空が茜色になり始めた頃だった。
「雛菊」
「戻りました」
「あんたまたあいつのとこ行ってたのかい」
「…」
「ま、もう大人なんだから勝手にしな。ただし芸に差し障らないようにね」
「…はい」
ちゃんと座っていてお小言が言えているから、今日はおかあさんの調子は良いようだ。
「今日はお座敷どうするんだい?」
「…お道具の手入れがしたいので、休ませていただきます」
休みの日とは言え、お座敷にお声がかかることもある。
いつもだったらお受けするのだけれど、今日はどうしても考え事がしたい気分だった。
「そうかい。おロビがあんたに用があるそうだから、寄ってやりなよ」
「はい」
おロビちゃんと私の部屋は2階にある。
部屋に向かうとおロビちゃんは浴衣のまま涼んでいる所だった。
夕涼みの姿が窓からの光に照らされて、本当に綺麗。
「雛菊ちゃん?」
「ああ、ううん、おロビちゃんが用事があるっておかあさんに聞いて」
「ええ、借りていた本、返そうと思って」
「いつでもいいのに」
芸者の一日は忙しい。
朝ごはんを食べて舞のお稽古に行き、昼ご飯を食べて唄や三味線のお稽古に行き、お座敷が早い日は帰ってすぐに身支度をしてお座敷に向かう。
おロビちゃんがまだ浴衣でいるということは、今日のお座敷はそうではないらしい。
「お座敷遅いの?」
「ええ、あと一刻はゆっくりできるわ」
「いいわね」
「もし良かったら付き合ってくれない?」
「もちろん」
それからはお喋りをしたり、絵を描いたりして過ごした。
「…勝丸ねえさん、あと三月で引退するみたいよ」
「え、一年は居てくれると思ったのに」
「さっき、お昼時に言っていたわ」
勝丸ねえさんはおかあさんを支える一番大きいおねえさんで、この道40年近い生き字引のような人だ。
未だに背筋はしゃんと伸びているものの、声が出にくいと零しているのをよく聞くようになっていた。
「ねえ、雛菊ちゃんは…」
身の振り方を聞かれるのだ、と咄嗟に察した。
「…何でもないわ」
答えを考えるより先に撤回されて、言葉を見失う。
「…仕込みの3人、いま一緒のお部屋になってるでしょう」
「ええ」
「勝丸ねえさん、一人ずつのお部屋をあげたいんじゃないかしら」
一昨年から去年にかけて飢饉が続いたことで、花街に来る女の子の数も多かった。
ここ角屋もご多分に漏れず、仕込みと呼ばれる修行中の子たちが一気に増えてかなり手狭になったのだ。
勝丸ねえさんは芸には厳しいが根が優しい人だから、部屋を一つ自分が占領していることを考えたのかもしれない。
でも、勝丸ねえさんが手伝わなくなったら、おかあさんのお仕事はどうなるんだろう。
畳の目を見つめている自分に気づき、ハッと顔を上げた。
考える時の癖なのだ。
昔はよくお座敷でやってはねえさん達に怒られたものだ。
「…おロビちゃん、そろそろ時間ね?」
「ええ。楽しかったわ。ありがとう」
「こちらこそ。お座敷、頑張って」
「雛菊」
「戻りました」
「あんたまたあいつのとこ行ってたのかい」
「…」
「ま、もう大人なんだから勝手にしな。ただし芸に差し障らないようにね」
「…はい」
ちゃんと座っていてお小言が言えているから、今日はおかあさんの調子は良いようだ。
「今日はお座敷どうするんだい?」
「…お道具の手入れがしたいので、休ませていただきます」
休みの日とは言え、お座敷にお声がかかることもある。
いつもだったらお受けするのだけれど、今日はどうしても考え事がしたい気分だった。
「そうかい。おロビがあんたに用があるそうだから、寄ってやりなよ」
「はい」
おロビちゃんと私の部屋は2階にある。
部屋に向かうとおロビちゃんは浴衣のまま涼んでいる所だった。
夕涼みの姿が窓からの光に照らされて、本当に綺麗。
「雛菊ちゃん?」
「ああ、ううん、おロビちゃんが用事があるっておかあさんに聞いて」
「ええ、借りていた本、返そうと思って」
「いつでもいいのに」
芸者の一日は忙しい。
朝ごはんを食べて舞のお稽古に行き、昼ご飯を食べて唄や三味線のお稽古に行き、お座敷が早い日は帰ってすぐに身支度をしてお座敷に向かう。
おロビちゃんがまだ浴衣でいるということは、今日のお座敷はそうではないらしい。
「お座敷遅いの?」
「ええ、あと一刻はゆっくりできるわ」
「いいわね」
「もし良かったら付き合ってくれない?」
「もちろん」
それからはお喋りをしたり、絵を描いたりして過ごした。
「…勝丸ねえさん、あと三月で引退するみたいよ」
「え、一年は居てくれると思ったのに」
「さっき、お昼時に言っていたわ」
勝丸ねえさんはおかあさんを支える一番大きいおねえさんで、この道40年近い生き字引のような人だ。
未だに背筋はしゃんと伸びているものの、声が出にくいと零しているのをよく聞くようになっていた。
「ねえ、雛菊ちゃんは…」
身の振り方を聞かれるのだ、と咄嗟に察した。
「…何でもないわ」
答えを考えるより先に撤回されて、言葉を見失う。
「…仕込みの3人、いま一緒のお部屋になってるでしょう」
「ええ」
「勝丸ねえさん、一人ずつのお部屋をあげたいんじゃないかしら」
一昨年から去年にかけて飢饉が続いたことで、花街に来る女の子の数も多かった。
ここ角屋もご多分に漏れず、仕込みと呼ばれる修行中の子たちが一気に増えてかなり手狭になったのだ。
勝丸ねえさんは芸には厳しいが根が優しい人だから、部屋を一つ自分が占領していることを考えたのかもしれない。
でも、勝丸ねえさんが手伝わなくなったら、おかあさんのお仕事はどうなるんだろう。
畳の目を見つめている自分に気づき、ハッと顔を上げた。
考える時の癖なのだ。
昔はよくお座敷でやってはねえさん達に怒られたものだ。
「…おロビちゃん、そろそろ時間ね?」
「ええ。楽しかったわ。ありがとう」
「こちらこそ。お座敷、頑張って」