霧里のはなし
裏、つまり2回目の登楼があったと聞かされ、少し心が揺れた。
初会と同じで目も合わせない、口もきかないので私のやることは同じだが、気になるのは登楼の頻度。
3日と開けずにあの大商人様はまたいらっしゃったのだという。
いくらなんでも、早すぎる。
「さァ、仕事だよ。霧里太夫」
「あい、わかりんした」
相変わらず金払いもいい、禿や振袖新造への接し方も悪くない。
私はまた煙管をくゆらせ灰を吹き落とす。
次この人が来たら。
「霧里ねえさん、どうしなんした?」
「カエデ、やめなんし」
帰り道、禿と振袖新造が話すのを尻目に、心の揺れは少しずつ大きくなってゆく。
お登勢さんはきっと床入りを先延ばしにしてご祝儀をたくさん頂くように言うだろう。
けれど、釣り上げた価値に人はのめりこむもの。
「霧里、あんた、あの大商人様できるだけ引っ張りなよ」
「…」
「あと2回は行けるねェ」
面倒はごめんだ。
*
「霧里太夫、青雉の旦那がお見えです」
「あい、わかりんした」
返事は同じでも気持ちは先へ先へと急いていく。
「霧里ちゃん、待たせたねェ」
「クザン様、お会いしとうござりんした」
私達は本命のお客人を間夫 と呼ぶ。
「おれが居ない間、なにしてた?」
「…ずっと、クザン様のことを考えておりなんした」
この人が私の前に現れてから、この台詞を他の客に言わなくなった。
大きな手が頬に添えられ、ゾクリと快感が体を駆け抜ける。
「クザン、様」
遊女は唇を許さない。
間夫と最上級の客にしか。
私はこの人と出会って、口付けは気持ちの良いものだと知った。
「ひと月分、愛してやるよ」
低い声に耳たぶを撫でられ、辛抱堪らなくなった私は彼を床へといざなう。
昨日はここでどこぞの武士に抱かれた。
一昨日は…もう忘れたけれど、2人のお客人に抱かれた。
あァ、遊女でなければよかったのに。
けれどもし遊女でなければ、この人と出会うこともなかった。
せめて今だけでもと全身の肌で愛しい人を感じる。
愛おしさで気がおかしくなりそうだった。
「…クザン様を小さくして、肌身離さず連れて歩きとうおす」
「そりゃあイイねェ。胸に挟んどいてくれよ?」
「もう、クザン様のいけず。わちきは本気でありんす」
拗ねる私に軽く笑って、愛しい人は胸に顔を埋めてきた。
「…未来の話はできねぇが」
「…はい」
「また来月、来るからな」
胸が震える。
「一日も早く来ておくんなんし」
遊女にはそう言うのが精一杯なのだから。
初会と同じで目も合わせない、口もきかないので私のやることは同じだが、気になるのは登楼の頻度。
3日と開けずにあの大商人様はまたいらっしゃったのだという。
いくらなんでも、早すぎる。
「さァ、仕事だよ。霧里太夫」
「あい、わかりんした」
相変わらず金払いもいい、禿や振袖新造への接し方も悪くない。
私はまた煙管をくゆらせ灰を吹き落とす。
次この人が来たら。
「霧里ねえさん、どうしなんした?」
「カエデ、やめなんし」
帰り道、禿と振袖新造が話すのを尻目に、心の揺れは少しずつ大きくなってゆく。
お登勢さんはきっと床入りを先延ばしにしてご祝儀をたくさん頂くように言うだろう。
けれど、釣り上げた価値に人はのめりこむもの。
「霧里、あんた、あの大商人様できるだけ引っ張りなよ」
「…」
「あと2回は行けるねェ」
面倒はごめんだ。
*
「霧里太夫、青雉の旦那がお見えです」
「あい、わかりんした」
返事は同じでも気持ちは先へ先へと急いていく。
「霧里ちゃん、待たせたねェ」
「クザン様、お会いしとうござりんした」
私達は本命のお客人を
「おれが居ない間、なにしてた?」
「…ずっと、クザン様のことを考えておりなんした」
この人が私の前に現れてから、この台詞を他の客に言わなくなった。
大きな手が頬に添えられ、ゾクリと快感が体を駆け抜ける。
「クザン、様」
遊女は唇を許さない。
間夫と最上級の客にしか。
私はこの人と出会って、口付けは気持ちの良いものだと知った。
「ひと月分、愛してやるよ」
低い声に耳たぶを撫でられ、辛抱堪らなくなった私は彼を床へといざなう。
昨日はここでどこぞの武士に抱かれた。
一昨日は…もう忘れたけれど、2人のお客人に抱かれた。
あァ、遊女でなければよかったのに。
けれどもし遊女でなければ、この人と出会うこともなかった。
せめて今だけでもと全身の肌で愛しい人を感じる。
愛おしさで気がおかしくなりそうだった。
「…クザン様を小さくして、肌身離さず連れて歩きとうおす」
「そりゃあイイねェ。胸に挟んどいてくれよ?」
「もう、クザン様のいけず。わちきは本気でありんす」
拗ねる私に軽く笑って、愛しい人は胸に顔を埋めてきた。
「…未来の話はできねぇが」
「…はい」
「また来月、来るからな」
胸が震える。
「一日も早く来ておくんなんし」
遊女にはそう言うのが精一杯なのだから。