霧里のはなし

笑いさざめく声が部屋中に満ちている。
新しいお客人の初会。


ああ、早く終わればいいのに。


と言っても私は何もすることはない。
強いて言えば、金払いの良い方か見極めるくらいで、それだって遣手さんが判断するのだから、ただ座っていれば良いだけだ。
そうしていればお客人は勝手に魅了される。花魁という肩書きに。
今日はお金のある方らしく、今までで一番多くの芸者と太鼓持ちが呼ばれていた。


「花魁は刺身は好きか?」

私に話しかけることを許されないお客人が振袖新造に尋ねる。

「へぇ、姉さんは刺身はお好きでありんす」
「そうか、じゃあ追加で刺身を持ってこい」

金払いもいい。振袖新造や禿への接し方にも問題はない。
私は煙管を手に取った。

一服吸って、優雅に吐く。
自分が美人画の中に入ったような感覚で、煙の上り方や煙管の角度に目を配る。
お客人の目に映る私は、さぞ豪勢な花魁に映っていることだろう。

結い上げた髪に飾るかんざしは一級品ばかりが両手よりも多く並び、金襴の打掛と西陣織の俎板帯が体の線を覆い隠す。
かろうじて見える顔や首筋には丁寧に白粉を纏わせているから、わかるのはその造形だけ。

だからこそお客人は想像する。
この豪華な着物を脱いだらどんな女なんだろう、と。



吸いさしを灰吹きに落とし、私はお座敷を後にした。

これは「次がある」という合図。


「良かっただろう、あの大商人様は」
「へぇ、気前もお人柄も申し分なく見えなんした」
「さすが豪商一家の頭だねぇ」

遣手のお登勢さんは上機嫌だ。
今日だけで30両のお支払いらしい。
次の登楼が楽しみだ、と笑みを浮かべるお登勢さんと裏腹に、私の心は冴えなかった。


私を抱く男が一人増えるだけ。


初会は言葉を交わすどころか、目を合わせることすら禁じられている。
なので私たち花魁は、お客人をじっくり見て人となりを想像することもできない。

禿が追い付いてくる。

「ねえさん、さっきの旦那様、お料理持って行っていいって言いなんした」
「そう、ならお言葉に甘えなんし」
「へぇ。あの旦那様、お優しいひとでありんす」

南蛮風の装いをされたお客人を思い浮かべる。
お顔は見なかったけれど、終始笑みを湛えておられるようだった。

「ドンキホーテ・ドフラミンゴ様…」
「さァ、霧里太夫の腕の見せ所だよ。あのお客人を骨抜きにしておしまい!」

威勢のいい声に背中を押されながら私は揚屋を後にする。
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