初雪のはなし
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「半月前よりとても調子がいいのです。先日頂いたお薬のおかげです」
「そうか」
「女将さんも、この調子なら年明けにまたお店に出せるかもしれないと仰って」
「…なに?」
先生の顔色が変わったので、私は自分の犯した失態に気づいた。
「っ、申し訳ございません。お医者様のご判断に私のような者が口を挟むなど、身の程知らずでございました。どうかお許しください」
「…」
恐る恐る目を上げる。
けれど先生の目は怒っている方のそれではなかった。
「お前は、…また客を取りたいのか」
先生がなぜそのようなことをお聞きになるのかを訝しみながら、私は言葉を選ぶ。
「…そうしなければ年季は減りませんから」
「しなければならないことを聞いているのではない。お前がしたいことを聞いている」
「わたくしが、したいこと…」
「聞き方を変える。病が治り、年季のことも考えなくて良くなったら、お前はどうする?」
「…先生でも、そのように人がお悪いことを仰ることがあるのですね。学のない私とて結核がどのような病かは知っております」
不治の病だ。童でも知っている。
「でも…そうですね、もし本当に病が癒えて自由に暮らせるのだとしたら…」
窓の外に目を馳せた。
「この鳥籠を出て、先生のお役に立ちとうございます」
それは、偽らざる本心だった。
「…そうか」
先生はそう言って、お手元に目を落とし薬のご用意を始められた。
「…我々の言葉で献体というものがある」
「けんたい、でございますか?」
「ああ。生前、医学の発展に貢献する意思を示していた者の遺体を解剖し、病気や人体の解明に役立てるものだ」
「…かいぼう、とは」
「刃物で体を切り開くことだ」
一瞬、さっと血の気が引いたけれど、死んでしまった後では引く血の気もないのだと思い直す。
「…私達遊女が亡くなれば、投げ込み寺へ放られて終わりです」
「…」
「もし、先生のお役に立てるのなら、私もそうして頂きとうございます」
「これは強制できる類のものではない。もし数日の後に考えが変わらなければ、この紙にその旨を書き記してくれ」
「かしこまりました」
おそらく気持ちは変わらないだろう、と半ば確信しながら紙を受け取る。
既に文章はできていてあとは名前を書くだけのものだった。
少しだけ心が躍る。
いくらも値打ちのない私が、最期に人様のお役に立てる。
何よりお世話になった先生の医術知識の一部になれるのだ。
「…これほどの光栄は、ありませんねぇ…」
思わず口から漏れ出た言葉に、先生がわずかに眉を上げたのが分かった。
「そうか」
「女将さんも、この調子なら年明けにまたお店に出せるかもしれないと仰って」
「…なに?」
先生の顔色が変わったので、私は自分の犯した失態に気づいた。
「っ、申し訳ございません。お医者様のご判断に私のような者が口を挟むなど、身の程知らずでございました。どうかお許しください」
「…」
恐る恐る目を上げる。
けれど先生の目は怒っている方のそれではなかった。
「お前は、…また客を取りたいのか」
先生がなぜそのようなことをお聞きになるのかを訝しみながら、私は言葉を選ぶ。
「…そうしなければ年季は減りませんから」
「しなければならないことを聞いているのではない。お前がしたいことを聞いている」
「わたくしが、したいこと…」
「聞き方を変える。病が治り、年季のことも考えなくて良くなったら、お前はどうする?」
「…先生でも、そのように人がお悪いことを仰ることがあるのですね。学のない私とて結核がどのような病かは知っております」
不治の病だ。童でも知っている。
「でも…そうですね、もし本当に病が癒えて自由に暮らせるのだとしたら…」
窓の外に目を馳せた。
「この鳥籠を出て、先生のお役に立ちとうございます」
それは、偽らざる本心だった。
「…そうか」
先生はそう言って、お手元に目を落とし薬のご用意を始められた。
「…我々の言葉で献体というものがある」
「けんたい、でございますか?」
「ああ。生前、医学の発展に貢献する意思を示していた者の遺体を解剖し、病気や人体の解明に役立てるものだ」
「…かいぼう、とは」
「刃物で体を切り開くことだ」
一瞬、さっと血の気が引いたけれど、死んでしまった後では引く血の気もないのだと思い直す。
「…私達遊女が亡くなれば、投げ込み寺へ放られて終わりです」
「…」
「もし、先生のお役に立てるのなら、私もそうして頂きとうございます」
「これは強制できる類のものではない。もし数日の後に考えが変わらなければ、この紙にその旨を書き記してくれ」
「かしこまりました」
おそらく気持ちは変わらないだろう、と半ば確信しながら紙を受け取る。
既に文章はできていてあとは名前を書くだけのものだった。
少しだけ心が躍る。
いくらも値打ちのない私が、最期に人様のお役に立てる。
何よりお世話になった先生の医術知識の一部になれるのだ。
「…これほどの光栄は、ありませんねぇ…」
思わず口から漏れ出た言葉に、先生がわずかに眉を上げたのが分かった。