雛菊のはなし
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「雛菊ちゃんの見た目からその芸歴を見抜く人はそういないでしょう」
「そうね」
「ほとんどの芸者と違って、借金もないのだし」
「それはおロビちゃんにもないんでしょう」
「…そうね、私は…居場所がなくてここに流れ着いただけだから」
この街で働く女には二種類いるのだ。
お金がなくて売られた者と、居場所がなくて流れ着いた者。
「私も、ここ以外に居場所なんてないわ」
私の母は遊女として働いていたらしい。
らしい、というのは私はその母の顔を知らないからだ。
物心ついた時、私の周りにはたくさんの”お姉さん”がいて、遊女屋の絶対的権力者”楼主様”とその奥様である”内儀様”が言わば親代わりだった。
遊廓には幼少の女子を禿と呼び将来の太夫候補として育てる風習がある。
けれど私は禿にはならなかった。
まだ禿にも取り立てられないほどの年に男の手に掛けられて以降、触れられるだけで気を失うようになったからだ。
それが明るみに出た時、楼主様と内儀様は頭を抱えたそうだ。
6歳の誕生日に、内儀様が私を座らせこう言った。
「お前が大人になっておまんまを食ってくには、二つしか道がないよ。ひとつは料理番やお針子になって、裏方として生きてくか。もう一つは芸者として辛い修行に耐え抜くか。どっちがいい?」
ぼんやりと私は思い浮かべた。
いつも誰かに叱られているお針子さんや料理番さんと、シャンと背筋を伸ばして道を歩く芸者さん。
怒られるのはいやだなあ、芸者さんの方がかっこいいな、そう思った。
「芸者さんになりたい」
そう言った私に内儀様はひとつ溜息をついて、翌日から私は置屋に預られけた。
置屋には”おかあさん”と呼ばれる女将さんがいて、それから文字通り血のにじむような修業をした。
うまく芸が出来ないと叱られ、けれどそれで泣いてしまうともっと叱られる。
こんなはずじゃない、叱られるのは嫌だ、と思ったけれどもう遅かった。
涙を流してもそれを舞や歌に出さないよう努力する日々を重ね、10歳の時にお座敷に出してもらって今年で10年目。
もう少しでお座敷に出てからの方が長くなる。
*
兄の話をしよう。
名前はゾロ十郎。年は私より2つ年上の22歳。
首代 という仕事をしている。遊廓全体の用心棒だ。
普段は昼でも夜でもぶらぶらと出歩き、揉め事や事件があるとすぐに駆け付け、仲裁や制裁を行う。
腕っぷしが強くないとできない仕事だが、兄は子供の頃から剣の修行に明け暮れていたので、今やこの遊廓いち腕の立つ首代として知られている。
この遊廓で長い時間過ごしていると、普通は街全体が”庭のよう”になるはずだが、兄は病的な方向音痴なので未だにこの堀の中で迷子になることが多い。
そんな兄が、唯一迷わずにたどり着ける場所がある。
裏茶屋。
この花街で働く男女が逢引きをする、要は連れ込み宿だ。
ほんの5畳の部屋に押し入れと質素な造りになっているが、建具などは洒落たものが多い。
色とりどりの硝子細工がはめられた引き戸を開くと、見慣れた緑色の髪が最初に目に飛び込んできた。
「遅かったじゃねェか」
「ごめん、湯屋が混んでて」
「こんだけ待たせたんだから」
逞しい腕が私の手を引く。
けれどその力は拍子抜けするほど優しい。
「そんだけ楽しませてくれるんだろうな?」
ギラリと捕食者の目が私を捕え、答えを待たずに口を塞がれた。
官能・第五夜
純情・第六夜
「そうね」
「ほとんどの芸者と違って、借金もないのだし」
「それはおロビちゃんにもないんでしょう」
「…そうね、私は…居場所がなくてここに流れ着いただけだから」
この街で働く女には二種類いるのだ。
お金がなくて売られた者と、居場所がなくて流れ着いた者。
「私も、ここ以外に居場所なんてないわ」
私の母は遊女として働いていたらしい。
らしい、というのは私はその母の顔を知らないからだ。
物心ついた時、私の周りにはたくさんの”お姉さん”がいて、遊女屋の絶対的権力者”楼主様”とその奥様である”内儀様”が言わば親代わりだった。
遊廓には幼少の女子を禿と呼び将来の太夫候補として育てる風習がある。
けれど私は禿にはならなかった。
まだ禿にも取り立てられないほどの年に男の手に掛けられて以降、触れられるだけで気を失うようになったからだ。
それが明るみに出た時、楼主様と内儀様は頭を抱えたそうだ。
6歳の誕生日に、内儀様が私を座らせこう言った。
「お前が大人になっておまんまを食ってくには、二つしか道がないよ。ひとつは料理番やお針子になって、裏方として生きてくか。もう一つは芸者として辛い修行に耐え抜くか。どっちがいい?」
ぼんやりと私は思い浮かべた。
いつも誰かに叱られているお針子さんや料理番さんと、シャンと背筋を伸ばして道を歩く芸者さん。
怒られるのはいやだなあ、芸者さんの方がかっこいいな、そう思った。
「芸者さんになりたい」
そう言った私に内儀様はひとつ溜息をついて、翌日から私は置屋に預られけた。
置屋には”おかあさん”と呼ばれる女将さんがいて、それから文字通り血のにじむような修業をした。
うまく芸が出来ないと叱られ、けれどそれで泣いてしまうともっと叱られる。
こんなはずじゃない、叱られるのは嫌だ、と思ったけれどもう遅かった。
涙を流してもそれを舞や歌に出さないよう努力する日々を重ね、10歳の時にお座敷に出してもらって今年で10年目。
もう少しでお座敷に出てからの方が長くなる。
*
兄の話をしよう。
名前はゾロ十郎。年は私より2つ年上の22歳。
普段は昼でも夜でもぶらぶらと出歩き、揉め事や事件があるとすぐに駆け付け、仲裁や制裁を行う。
腕っぷしが強くないとできない仕事だが、兄は子供の頃から剣の修行に明け暮れていたので、今やこの遊廓いち腕の立つ首代として知られている。
この遊廓で長い時間過ごしていると、普通は街全体が”庭のよう”になるはずだが、兄は病的な方向音痴なので未だにこの堀の中で迷子になることが多い。
そんな兄が、唯一迷わずにたどり着ける場所がある。
裏茶屋。
この花街で働く男女が逢引きをする、要は連れ込み宿だ。
ほんの5畳の部屋に押し入れと質素な造りになっているが、建具などは洒落たものが多い。
色とりどりの硝子細工がはめられた引き戸を開くと、見慣れた緑色の髪が最初に目に飛び込んできた。
「遅かったじゃねェか」
「ごめん、湯屋が混んでて」
「こんだけ待たせたんだから」
逞しい腕が私の手を引く。
けれどその力は拍子抜けするほど優しい。
「そんだけ楽しませてくれるんだろうな?」
ギラリと捕食者の目が私を捕え、答えを待たずに口を塞がれた。
官能・第五夜
純情・第六夜