初雪のはなし
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自室として与えらえている部屋に入り、せめて障子だけは静かに閉めた。
文机の前に座り両手で顔を覆う。
様々な感情が渦巻いて収まりきらない。
矛先の定まらない怒り、妹への嫉妬、羨望、知られてしまった悲しみ、成長した姿を見ることができた安堵。
どのくらいそうしていただろう。
廊下から足音が聞こえた。
これはトラファルガー先生の音。
「ハル」
「はい」
「入っていいか」
「どうぞ」
先生が入ってきて床に座る。
文机の前を離れて先生に向かい合った。
「あいつは帰った」
「…そうですか」
それきり先生も私も言葉を発さない。
何か言いかけては口を閉ざし、また言いかける時間がしばらく続いた。
それでもこちらから話すのが筋だろうと、何とか言葉を選ぶ。
「…お気づきかと思いますが、私は以前、とある武士の娘でした」
「…あァ」
「両親と私と妹と、養子である兄との5人で幸福に暮らしておりました。
私が14の頃、父が無実の罪を着せられました。
その直前に母の生家からその報せが入り、離縁して戻るよう指示があったそうです。
ただ、母の生家は裕福ではなく母と私と妹の3人を養うのは難しかったので、私は家に残り父と兄と共に罪人となりました」
「…」
「父と兄は処刑されて命を落とし、私は女だったので遊廓へ売られました。
罪人には年季というものがありませんので、あの中で一生を終えるつもりで私は遊女となりました。
先ほどまでおりました妹はまだ幼かったので、母に頼んで私は奉公に出たと伝えておりました。
今日妹が来たのはおそらく、以前いらっしゃった侍医の良庵殿が告げたのでしょう」
これを先生にお伝えして私はどうしたいのだろう、と自らに疑問が湧き、急いで頭の中をまとめる。
「先生のお仕事場である診療所を、私の事情で騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる。
「謝罪が欲しいわけではない」
いつもよりも深みのある声が耳を打った。
「顔を上げろ」
ゆっくり体を起こした。
視線は畳に縫い付けたままで。
「…ハル」
名前を呼ばれ、ようやく先生の顔に視線を向ける。
慈愛に満ちた眼差しで見つめられていることに気づき、不意に身体が熱くなった。
「欲しいのは、謝罪ではない。おまえが悲しむときに傍にいる権利だ」
「え…」
「悲しむときだけでなく、怒る時も、喜ぶ時も、おれはお前の顔を見ていたい」
ああ、なんて。
「いま、お前の傍に居させてくれないか」
私は幸せ者なのだろう。
「…よろしいのですか」
「なにがだ」
「みっともなく泣き喚いたりするかもしれません」
「構わない」
「怒りのあまり障子に穴をあけてしまうかもしれません」
「そのぐらいどうということはない」
「先生が軽蔑するようなことを、」
「こちらから頼んでいるのだから軽蔑などするはずもない」
「…よろしいのですか、…私で」
よろしいのですか。
ただ隣に置いて下さるだけでなく、心に寄り添ってくださるのですか。
そんな幸福を頂いて良いのですか。
「あァ。お前が、良い」
文机の前に座り両手で顔を覆う。
様々な感情が渦巻いて収まりきらない。
矛先の定まらない怒り、妹への嫉妬、羨望、知られてしまった悲しみ、成長した姿を見ることができた安堵。
どのくらいそうしていただろう。
廊下から足音が聞こえた。
これはトラファルガー先生の音。
「ハル」
「はい」
「入っていいか」
「どうぞ」
先生が入ってきて床に座る。
文机の前を離れて先生に向かい合った。
「あいつは帰った」
「…そうですか」
それきり先生も私も言葉を発さない。
何か言いかけては口を閉ざし、また言いかける時間がしばらく続いた。
それでもこちらから話すのが筋だろうと、何とか言葉を選ぶ。
「…お気づきかと思いますが、私は以前、とある武士の娘でした」
「…あァ」
「両親と私と妹と、養子である兄との5人で幸福に暮らしておりました。
私が14の頃、父が無実の罪を着せられました。
その直前に母の生家からその報せが入り、離縁して戻るよう指示があったそうです。
ただ、母の生家は裕福ではなく母と私と妹の3人を養うのは難しかったので、私は家に残り父と兄と共に罪人となりました」
「…」
「父と兄は処刑されて命を落とし、私は女だったので遊廓へ売られました。
罪人には年季というものがありませんので、あの中で一生を終えるつもりで私は遊女となりました。
先ほどまでおりました妹はまだ幼かったので、母に頼んで私は奉公に出たと伝えておりました。
今日妹が来たのはおそらく、以前いらっしゃった侍医の良庵殿が告げたのでしょう」
これを先生にお伝えして私はどうしたいのだろう、と自らに疑問が湧き、急いで頭の中をまとめる。
「先生のお仕事場である診療所を、私の事情で騒がせしてしまい申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げる。
「謝罪が欲しいわけではない」
いつもよりも深みのある声が耳を打った。
「顔を上げろ」
ゆっくり体を起こした。
視線は畳に縫い付けたままで。
「…ハル」
名前を呼ばれ、ようやく先生の顔に視線を向ける。
慈愛に満ちた眼差しで見つめられていることに気づき、不意に身体が熱くなった。
「欲しいのは、謝罪ではない。おまえが悲しむときに傍にいる権利だ」
「え…」
「悲しむときだけでなく、怒る時も、喜ぶ時も、おれはお前の顔を見ていたい」
ああ、なんて。
「いま、お前の傍に居させてくれないか」
私は幸せ者なのだろう。
「…よろしいのですか」
「なにがだ」
「みっともなく泣き喚いたりするかもしれません」
「構わない」
「怒りのあまり障子に穴をあけてしまうかもしれません」
「そのぐらいどうということはない」
「先生が軽蔑するようなことを、」
「こちらから頼んでいるのだから軽蔑などするはずもない」
「…よろしいのですか、…私で」
よろしいのですか。
ただ隣に置いて下さるだけでなく、心に寄り添ってくださるのですか。
そんな幸福を頂いて良いのですか。
「あァ。お前が、良い」
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