初雪のはなし
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「あなたは…!!」
お屋敷内で先生でもペンギン様でもない声を耳にした。
振り返るとお医者様然とした方が驚いた顔でこちらをご覧になっていた。
どこかでお会いした方だろうかと思案していると、その方は即座に歩み寄り両手で私の肩を掴んだ。
「ハル姫様ではござらぬか!?」
一瞬、頭が真っ白になる。
その呼び方をするのは故郷の一握りの人だけ。
「拙者、御父上にお仕えしていた侍医の良庵でござる。覚えておられぬか?」
父上に仕えていた侍医…
「お家取り潰しの後、ハル姫様が奉公に出られたと聞いて案じておりましたぞ…!かような所におられたとは」
「なにをしている?」
不意に先生の声が響き、私の思考はようやく回転を再開した。
「医学の話をしに来られたのではなかったか?」
「…これは失敬。されど」
良庵と名乗られた方が先生に向き直る。
「嫁入り前の娘様をお手元に置いておられるのはどういったご事情か?」
「この者は私の患者だ」
「…患者、でござるか」
ふむ、と鼻を鳴らして私を一瞥したその方は、先生に向き直った。
「今後の研鑽のため、ぜひこの方の病状についてもお聞きしたい」
「…」
先生は私に「下がっていろ」と仰り、お二人は診療室の方へ向かわれた。
*
「拙者が以前仕えていた御家人様のもとに、姫様がおりましてな」
この男はハルを知っている。
「夜に咳が止まらぬことが多く、しばしば夜通し付き添ったものでござった」
「…そうか」
「その姫様はそれはそれはお優しい方で、その御家人様が無実の罪で処刑されお家取り潰しとなった折、たったお一人で奉公へ出られたと聞いておる」
「それで?」
以前聞いたことがある。なぜ花魁言葉を使わないのかと。
ハルは”女将さんが、お前はその言葉のままのほうが良いと仰って”と言った。
その時から、いやその前から勘付いていた。
あいつは、本来なら一介の町医者が出会うはずがないような身分の人間なのではないか、と。
「時にトラファルガー殿。先ほどの娘さんはどういった病でござるか?」
面倒なことになった、と内心頭を抱える。
「結核と診断していた。だが、不可解な点が多く薬の調合を変えながら経過を見ている所だ」
「さようでござるか。トラファルガー殿ほどの名医が言うのだから間違いないのでしょうな」
侍医が打ち明け話をするように声を潜めた。
「…最近では患者の方が医者を選ぶと言います」
「…」
「どんなに名医であっても患者側に拒まれれば治療はできぬというもの」
「何が言いたい」
「いえ?ただ、心掛けなければと思いましてな。選ばれ続ける医者であれるように」
侍医の顔に蝋燭の光が揺れる。
その顔を見て何をしようとしているのか悟り、俺は覚悟を決めた。
「もう夜も更けた故、蘭学の話はまたの機会に」
「そうですな」
「この屋敷の構造は単純だ、来た通りに戻れば玄関に着くが…案内はいるか」
「いや、不要でござる」
「それではまたいずれ」
襖の向こうに消えていく人影を見送り、振り切るように蘭学書に目を落とした。
お屋敷内で先生でもペンギン様でもない声を耳にした。
振り返るとお医者様然とした方が驚いた顔でこちらをご覧になっていた。
どこかでお会いした方だろうかと思案していると、その方は即座に歩み寄り両手で私の肩を掴んだ。
「ハル姫様ではござらぬか!?」
一瞬、頭が真っ白になる。
その呼び方をするのは故郷の一握りの人だけ。
「拙者、御父上にお仕えしていた侍医の良庵でござる。覚えておられぬか?」
父上に仕えていた侍医…
「お家取り潰しの後、ハル姫様が奉公に出られたと聞いて案じておりましたぞ…!かような所におられたとは」
「なにをしている?」
不意に先生の声が響き、私の思考はようやく回転を再開した。
「医学の話をしに来られたのではなかったか?」
「…これは失敬。されど」
良庵と名乗られた方が先生に向き直る。
「嫁入り前の娘様をお手元に置いておられるのはどういったご事情か?」
「この者は私の患者だ」
「…患者、でござるか」
ふむ、と鼻を鳴らして私を一瞥したその方は、先生に向き直った。
「今後の研鑽のため、ぜひこの方の病状についてもお聞きしたい」
「…」
先生は私に「下がっていろ」と仰り、お二人は診療室の方へ向かわれた。
*
「拙者が以前仕えていた御家人様のもとに、姫様がおりましてな」
この男はハルを知っている。
「夜に咳が止まらぬことが多く、しばしば夜通し付き添ったものでござった」
「…そうか」
「その姫様はそれはそれはお優しい方で、その御家人様が無実の罪で処刑されお家取り潰しとなった折、たったお一人で奉公へ出られたと聞いておる」
「それで?」
以前聞いたことがある。なぜ花魁言葉を使わないのかと。
ハルは”女将さんが、お前はその言葉のままのほうが良いと仰って”と言った。
その時から、いやその前から勘付いていた。
あいつは、本来なら一介の町医者が出会うはずがないような身分の人間なのではないか、と。
「時にトラファルガー殿。先ほどの娘さんはどういった病でござるか?」
面倒なことになった、と内心頭を抱える。
「結核と診断していた。だが、不可解な点が多く薬の調合を変えながら経過を見ている所だ」
「さようでござるか。トラファルガー殿ほどの名医が言うのだから間違いないのでしょうな」
侍医が打ち明け話をするように声を潜めた。
「…最近では患者の方が医者を選ぶと言います」
「…」
「どんなに名医であっても患者側に拒まれれば治療はできぬというもの」
「何が言いたい」
「いえ?ただ、心掛けなければと思いましてな。選ばれ続ける医者であれるように」
侍医の顔に蝋燭の光が揺れる。
その顔を見て何をしようとしているのか悟り、俺は覚悟を決めた。
「もう夜も更けた故、蘭学の話はまたの機会に」
「そうですな」
「この屋敷の構造は単純だ、来た通りに戻れば玄関に着くが…案内はいるか」
「いや、不要でござる」
「それではまたいずれ」
襖の向こうに消えていく人影を見送り、振り切るように蘭学書に目を落とした。