本編

 講義終了後、講師室に戻ったクローディアは他の副団長四人と早めの昼食。その後、しばし休憩を取った後、団長格の正装である外套と制帽を身に着け、闘技場へ向かった。午後の仕事は傭兵試験の試験官だ。
 大陸随一と称される聖痕騎士団も、神暦3907年の《原初の魔獣》討伐で戦力の大半を喪失。その力は、時に野盗にすら苦戦を強いられる水準にまで衰えてしまった。
 しかし、その穴を埋めるために、訓練生の成長を待ってはいられない。そこで、主に王都や各都市の防衛で傭兵の力を借りるという苦肉の策を取っている。
 最初は騎士団内にもさまざまな意見があった。栄光ある聖痕騎士団が傭兵の力を借りるなどあってはならないと、矜持を盾に反対する者。大事なのは誇りではなく、国と民の安全だと現実を見て賛同する者。そして、いずれにも与さず、決断に悩む者。
 最終的には、騎士団がまとまらない隙をついて、野盗や魔道結社が略奪や遺跡の侵犯などを繰り返す事態に陥り、外部の力を借りざるを得ない状況となった。
 ―――闘技場に入るクローディアたち五人。
 試験会場となる武舞台の置かれた闘技場には、すでに大勢の傭兵の姿があった。聖痕騎士団の仕事は高給が望めるので、毎年多くの希望者が集まる。

「……おい」「ああ……」「あれが《制帽》か……」

 誰かが五人を認めた途端、騒がしかった場内が一斉に静まり返る。
 衰えてもなお大陸最強と名高い聖痕騎士団、その頂点にのみ許される純白の制帽と外套を授かったクローディアたちは、その身なりから《制帽》とも呼ばれる。
 一帯に立ち込める強い緊迫感。だが、その中心の五人は、いたって平静だった。

「あたし、何番だっけ?」「……覚えとけよ」「……先輩は1番ですよ。自分で『それならぜったい忘れない!』って選んだんじゃないですか……」「そうだっけ?」「は、はは……」

 同僚たちが、それぞれ自分の受け持つ武舞台へ向かう。
 クローディアも自分の担当する武舞台―――ちょうど会場の中央にある3番に上がった。
 闘技場の構造はいたってシンプルだ。半径200メドル近い円形の広場に、石材を積んで作られた50メドル四方の武舞台が5つ、十字を成すように置かれている。広場の周囲は高さ5メドルの石壁で覆われ、その上には段々の客席と20の入り口が設けられていた。

「お疲れさまです、クローディア様」

 先に武舞台へ上がっていた立会人の青年が敬礼する。彼もまた聖痕騎士団員だ。

「お疲れさま。今年は何人くらい?」

 外套と制帽を立会人の青年に預けるクローディア。

「全部で542人です。お一人あたり100人くらい試験をお願いすることになります」
「書類上で有望そうな人は?」
「正直そこまで多くは……。最近は《天軍》のほうが賃金が高いらしく、多くの傭兵がセイファートへ向かったようです。今後はもう少し報酬を上げる必要があるかもしれませんね……」

 天軍―――。セイファートで《魔獣》の討伐を専任とする国王直属の戦士団だ。彼らも聖痕騎士団と同じく傭兵を登用して組織の強化を図っている。人手不足はどこも深刻だ。

「ただ、もう噂は聞いているかもしれませんが、あの《魔獣殺し》が応募しています。最初はみんな半信半疑でしたが、外見は噂されていた風貌と一致しました。―――あそこです」

 クローディアは、騎士団員が示したほうを、それとなく見る。
 東側の石壁、そこに背を預けて目を瞑っている一人の青年がいた。周囲の者もその正体に気づいているのだろう。やや距離を置いて遠巻きにしつつ、時おり彼に視線を向けている。

(……やはり、そうだったのね)

 彼の姿を認めたクローディアは一人、内心でなにかを納得していた。
 ―――そう。ずっと脳裏に引っかかっていたのだ。講師室でカイルの話を聞いた時から。
 その切れ長の瞳が。無愛想な無表情が。針鼠のような黒髪が。威圧的とすら思える研ぎ澄まされた雰囲気が。
 ……彼は、道案内で出会った青年だった。
 あのとき彼を前にして、どこかで見かけたような気がしたが、そうではなかった。風の噂に聞いていた《魔獣殺し》の風貌と彼の姿が一致していたのだ。

「意外なことに、これまでキャラバンや他国の騎士団に所属していた経験はありません。ずっと流れの傭兵ですね。それがなぜ今回、うちに応募してきたのか不思議ですけど」

 立会人の青年が、応募者の書類を確認しながらクローディアに説明する。

「でも、噂通りの《魔獣殺し》なら、これ以上の人材はいないわね」
「ですね。団長も気になるのか、今回は見学にいらしてます」
「姫様が?」
「ええ。あちらに」

 クローディアは、青年が示した西側の客席を振り返る。
 そこには五人の護衛を伴った聖痕騎士団長、ベルヴェリオの姿があった。珍しく制帽と外套を身に着けた正装の姿だ。いつもなら多忙で試験の見学に割ける時間などないはずなのだが、それほど興味があるということか。

「ただ、本当に《魔獣殺し》なら、その実力は検討もつきません。申し訳ないんですが、クローディア様に試験をお願いできればと思っています」
「わかったわ」



 ―――そして、13時30分。傭兵試験が始まった。
 試験は1対1で行う2分間の実戦形式。その中で実力を認められた傭兵が、騎士団の協力要員として契約できる。中でも特に有能な者は、正規の騎士団員に勧誘されることもある。

「ギ、ィィ……ッ!」「げ、ハ……ッ!」「ぐ、ぅ……ッッッ!」

 だが、国防の一端を任せる以上、試験の難易度は生半ではない。試験官を務めるのは大陸有数の実力を誇る聖痕騎士団の副団長。2分間を戦い抜ける者はまずおらず、ほとんどの志願者はわずか十数秒で終了してしまう。
 今回の状況も同様だった。特にクローディアの試験は、一戦が20秒も続かない。対峙した次の瞬間、彼女の剣が傭兵たちの得物を戦意もろとも容赦なく粉砕していく。
 わずか1時間で、63人の試験が終了した。

(……さすがにカイルほどの逸材は期待しないけど、今回は目を引く人が少ないわね)

 志願者の乏しい力量に落胆、というより、戦力の登用が叶わず意気消沈といった表情のクローディア。やはりさらなる報酬の引き上げをベルヴェリオに相談するしかないのか……すでに何度も無理を聞いてくれているため心苦しいが……。

「次! 64番!」

 立会人が次の試験者を呼ぶ。

(……さて、来たわね。いったいどれほどのものか……)

 呼ばれて武舞台へ向かってきたのは、あの青年だった。鞘を武舞台の外へ置き、抜身の剣を手にゆっくり階段を上がってくる。
 得物は黒鋼の長剣。素材はおそらくヴァイスラントのクルド鉱山で採掘されるディライト鉱石だろう。世界で最も硬い鉱物として知られ、各国騎士団の実力者や名の知れた傭兵の武防具は、ほぼすべてがディライト製の一点物だ。
 青年とクローディアが武舞台上で向かい合う。
 途端、会場の空気が一変。一斉に黙り込んだ傭兵たちの視線が、二人に注がれた。

「まさか、あんたが試験官とは思わなかったな」

 そう語る青年の声に、しかし驚きや動揺はなかった。

「こちらも、貴方がまさかあの《魔獣殺し》だったとは思いもしませんでした」

 クローディアの言葉に、青年は薄い笑みを浮かべるだけで言葉は返さない。肯定もしないが否定もしないということは、おそらく噂は真実か。
 それ以上は語らず、武舞台の中央で対峙する二人。

「では、始めてください」

 立会人の合図を受けて、半身を開き碧色の剣を構えるクローディア。対する青年は微動だにせず、直立不動のまま横にだらりと両腕を下げている。
 それまでの模擬戦とは違い、クローディアはいきなり動かなかった。相手の出方を窺うように青年から視線を外さず、静かに対峙する。
 10秒。15秒。……そして、20秒。

「……あ、あの?」

 全く動かない状況に、立会人は困惑している。
 当然だろう。これは傭兵の実力を見極めるのが目的の試験。であれば、試験官が仕掛けないのは言語道断だ。
 しかし、クローディアに動く気配は欠片もなかった。

(……隙だらけのように見えて、まったくないわね)

 彼女は動かないのではなく、動けずにいた。自分よりわずかに上背がある程度の青年の細身が、始めの声がかかってからというもの倍は大きく見えて。
 威圧感ひとつでイングリッド随一の実力者であるクローディアの身を縛る。その事実だけでもはや試験は合格といえた。
 だが、それでは周りが納得しないだろう。少なからず彼の実力を一同に知らしめなければ、こちらも貴重な戦力を失いかねない。

(……しかたないわね)

 クローディアは一度、ゆっくり深呼吸を入れる。
 そして―――

「「「「「ッ!?」」」」」

 その姿が、一同の前から消えた。
 直後、青年が即座に左を振り向き剣を構える。
 瞬間、その懐へ潜り込んだクローディアが腰溜めに構えた剣を振り抜いた。
 一閃。
 だが青年は難なく捌き、流れのまま体を回転させて剣を振り下ろす。

(速い!)

 クローディアは剣で受け強引に薙いで青年を吹き飛ばし距離を開ける。そして加速

「ッ!?」

 するも青年が同時に一瞬で間合いを詰め彼女の胸元めがけて突きを放った。

(ならッ!)

 クローディアは足から剣の下へ滑り込み既のところで躱す。同時に青年の右手めがけて剣を抜き放つ。

「ッ!?」

 だが青年は剣から手を放してクローディアの一撃を躱すと再び宙にある剣を握り直し同時に左足を振り上げてクローディアを蹴り剥がした。

「ぐッ!」

 続けざま青年は加速。一気に間合いを詰め体勢の崩れた彼女めがけて剣を振り下ろす。
 だがそこに彼女の姿はなかった。
 直後、青年が咄嗟に後ろを振り向き、

「ふッ!」

 クローディアの横薙ぎを剣を立てて防いだ。

(まだッ!)

 だがクローディアは構わず二撃三撃と縦横無尽に剣撃を叩き込み続ける。その速度はそれまでの攻勢とは明らかに一線を画していた。
 これは試験で目的は相手の実力の評価だが、青年の強さに触発されたクローディアの思考は自然と実戦に切り替わっており、本気で彼を倒さんと高速で回転していた。
 力なら青年に分がある。一方、速さは申し分ないが、その実は速度の不足を変則的な動きで補っており、実際はクローディアほどではない。
 そこに気づいた彼女は、当たらずとも連撃を絶やさずに青年の足を止め、焦りと隙を誘う戦略に切り替えた。
 その判断が功を奏したか、青年の表情が微かに険しくなった。徐々にクローディアの剣を捌き切れなくなり次第に防御が遅れてきた。

(いけるッ!)

 クローディアはさらに速度を釣り上げ一気に押し切りにかかる。
 そして連撃の果て、振り抜いた剣がついに青年の右脇腹を捉えた。

(ッ!?)

 ―――不穏な気配を察したのは、その時だった。
 一瞬、身が竦むほど強烈な悪寒が背中を奔る。
 なんだ? なにが起こった?
 分からない。
 だが本能が激しく警鐘を鳴らしている。
 危険だ。下がれ! 今すぐに!
 早く!
 クローディアは本能のまま、振り切った右腕を強引に止め咄嗟に後方へ飛び退いた。
 ……予感は、当たった。

 距離を取った直後―――――――――雷鳴の如き轟音とともに巨大な地響きが起こった。

「な、あッ!?」「な、なんだこりゃッッッ!?」「ひ、ひぃぃぃぃっっっ!」

 会場中に奔る戦慄。歴戦の猛者たちが恥ずかしげもなく地面に膝をつき、自らの体勢を必死に支えている。その顔面は突如として襲来した謎の衝撃で誰しも蒼白に染まり上がっていた。

(い、いったいなにが……ッ!?)

 クローディアもなんとか体勢を保つため、反射的に剣を地面に突き立てようとする。
 だが、その体が前につんのめった。

(ッ!?)

 咄嗟に左手を武舞台について倒れるのを防ぐクローディア。だが、その表情は不可解な事態に困惑を隠せない。
 なんだ? 自分はいま、確かに剣を地面に刺したはずだ―――。
 クローディアはすぐさま右手に握った剣を確認する。

「……え?」

 途端、目にした事実を理解できなかった彼女の口から、思わず間の抜けた声が零れた。
 ―――剣は、真っ二つに折られていた。

(……ど、どういうこと? 剣で何かを受けた感触なんてなかったのに……)

 やがて揺れは落ち着いたが、クローディアの動揺は晴れない。
 その心中は混乱一色。折れた剣を凝視したまま、しばし意識を手放して茫然とするほどに、彼女の心は乱れていた。

「お、おい……」「…………な、なん、だよ……あれ」

 だが、にわかに騒がしくなる傭兵たちの声で、クローディアは意識を取り戻した。
 そして、ざわつく彼らが視線を向ける先に、彼女も遅れて目を向ける。

「―――――――――、…………な、ッッッッッ!?」

 彼女は目の前の現実に、恐怖した。



 ―――武舞台に、巨大な亀裂が入っていた。



 それも尋常な大きさではない。幅にして10メドルはある底の知れない断崖で、武舞台がものの見事に真っ二つにされていた。
 まるで巨人が大剣でも振り下ろしたかのような有様に、クローディアは息を呑んだ。
 おそらく自分の剣を折った一撃の余波だろう。どう考えても魔法によるものだ。この威力を人力で発揮できるとは、とても思えない。
 起こった結果だけを見れば《碧の剣》と近い。だが、剣を具象化していない以上、おそらく別の魔法だ。
 彼の所業の正体を見破らんと、クローディアは必死に考えを巡らす。

(……え? ちょ、ちょっと待って……)

 ―――だが、唐突に湧き上がった疑問によって、その思考は遮られた。
 クローディアは、決してあり得ない事実に気がついた。



(…………いつ、詠唱したの?)



 困惑を極め、目を大きく見開くクローディア。
 ―――そう。青年は、魔法の詠唱などしていなかったはずだ。嵐の如き連撃を受ける中、そんな余裕があったとは到底思えない。
 第一あれだけ接近していたのだ。詠唱していれば剣撃の音で声は聞こえずとも口の動きで分かる。
 クローディアは反射的に青年を見る。彼はなぜか気まずそうに後頭部を掻いていた。
 彼は……あの《魔獣殺し》は、いったい何者なのか……。

「……あ、じ、時間です! それまでッ!」

 立会人が懐中時計を見て叫んだ。
 その一声で場の緊張が一気に緩んだのか、闘技場の至る所から溜め込んだ息を吐き出すような音がいくつも聞こえてくる。クローディアも一度、大きく深呼吸をしてから立ち上がった。
 そして彼女は、ゆっくりと青年のほうに向かって歩き出した。
 彼には、どうしても聞きたいことがあった。是が非でも。

「ッ!?」

 だが、空からなにか不穏な気配を感じ、クローディアは咄嗟に足を止める。
 直後、天より恐るべき速さで降ってきた物体が、青年の背後に墓碑が如く豪快に突き刺さった。―――2本の巨大な黒鉄の柱だ。
 そして、その間に、外套を翻しながら颯爽と降り立つ、一つの小柄な影。

「……まさかクローディアを相手に2分を戦い抜くとはな。加えて、その埒外の威力を誇る魔法と思しき力。さすがは噂の《魔獣殺し》というところか」

 鮮血すら霞む真紅を誇る髪にドレス。肩にかけた純白の外套と制帽。威風あふれる身なりで悠然と歩く様は、まさに王者の風格を思わせる。

「……誰だ?」

 近づいてきたクローディアに青年が尋ねる。

「ベルヴェリオ・スチュアート様。この国の第二王女にして、聖痕騎士団長を務める方です」

 クローディアの回答に、青年が目を見張った。

「……あれが噂の《史上最強の人類》か」

 ―――《史上最強の人類》。
 イングリッドの、そして大陸中の人々は、いつからかベルヴェリオをそう呼び始めた。
 それには彼女の特異な体質が関係していた。
 ベルヴェリオは―――魔法を使えない。
 彼女は、生まれながらにしてマナを欠片も宿さなかった。俗に《マナ欠乏症》と呼ばれるそれは、一万人に一人の割合で現れるとされ、そのため《稀人》とも呼ばれる。もっとも、草木や石にも宿るマナを宿さないため、その呼び名は大抵、蔑称の意を帯びる。
 だが、そのマナが別のものに形を変えたのか、あるいは別の因果のためか、《稀人》は漏れなく常軌を逸した何らかの才能を宿す。ベルヴェリオの場合、極限まで己の鍛え抜いた結果、常人を遥かに凌駕する力と速さ、そして剣の業を極めるに至った。その本気は、大陸最強と名高い聖痕騎士団の精鋭ですら十秒も相手を務められない域にある。クローディアでさえ、本気のベルヴェリオが相手では30秒も保たない。
 マナに頼らない生身で以って全ての騎士を超えた彼女は、いわば純粋な人類の頂点。
 ―――即ち、人類史上最強。
 嘲笑すら呼びそうな幼稚な異名だが、冠する者がベルヴェリオであれば、そこに集まるのは畏怖、敬意、そして崇拝。まさに、彼女のためにのみ存在する二つ名と言えた。

「まさか傭兵試験でこの血が滾る者を見るとは思わなかった。……だが、その程度の力で《魔獣》を倒せるとは、さすがに思えん。まだなにか隠しているな?」

 ベルヴェリオは、身の丈ほどある鉄棒の1本を片手で軽々と抜き取り、青年に向ける。

「―――どうだ。私と一戦、交えてみないか」

 次いで口にしたのは、あまりにも唐突な提案。その表情に張りついた笑顔は、純粋に嬉々とした風にも、狂気で微笑む風にも見えた。
 一方、向けられた青年は顔色を変えず、微動だにしない。ただ静かに、己を見据えるベルヴェリオの視線を正面から受け止めている。
 片や、史上初めて《魔獣》を討伐した《魔獣殺し》。
 片や、人類の頂点を極めし《史上最強の人類》。
 そこにいる誰もが、二人の一戦を、心のどこかで期待している……そんな空気が会場を重苦しく支配しつつあった。

「だ、だめですよ、団長! 夕方までに試験を終わらせないと訓練生が鍛錬で使えなくなります! すでに押してますから、また今度にしてください!」

 だが、生真面目な立会人が咄嗟に止めに入ると、まずベルヴェリオの、次いで場内の緊張感が一気に萎んでいった。
 彼の苦言に、柔らかい笑顔を浮かべ、鉄棒を降ろすベルヴェリオ。

「―――しかたない。部下の頼みとあらば、聞かないわけにはいかないからな。また今度の楽しみとしておこう」

 そして、もう1本の鉄棒を抜くと、彼女はそのままクローディアたちに背を向け、石壁を超えて客席へと戻っていった。

「ふぅ……。では、次の方の試験に移るので、あなたはお下がりいただいて大丈夫です」
「ん? ああ」

 立会人に促され、青年は手を挙げて応えると、そのまま静かに武舞台を後にした。

(……しかたないわね。仕事を受けてくれたら、そのときに聞くしかない、か)

 クローディアは剣にマナを込めて再創造し、次の試験に備えた。
7/27ページ
スキ