本編
訓練生たちの教室は、すべて訓練校の2階に置かれている。四〇人ずつ16組に分けられた彼らは、現役の聖痕騎士から6年にわたる指導を受け、毎年開催される剣闘会で成果を披露。その6年ぶんの成績で卒業後に騎士団へ入れるか、そして入団後の所属先が決定される。
クローディアが担当するのは、今年入ったばかりの訓練生に対する魔法の原理の授業だ。魔法の歴史や基礎的な法則など、史実と理論的な話が中心となる。
そのため例年、誰が担当しても退屈を極め、無精する訓練生が出がちな授業なのだが……、
「キャァァァッッッ! クローディアさまー!」「すごい! 本物よ本物!」「こっち向いてくださーい!」「きゃー! 目が合った! あたし目が合っちゃった!」「なに言ってんの私を見てくれたのよ!」「違うわよ私よ!」「あたしだって!」
「………………はぁ」
教室内を埋め尽くす黄色い喝采に、クローディアは思わず溜め息を漏らした。
もっとも、この騒ぎは毎年の恒例行事だった。史上初めて訓練校の剣闘会で6連覇。卒業と同時に、聖痕騎士団長ベルヴェリオ・スチュアートの補佐官に抜擢。そして昨年、入団史上最速で副団長に昇り詰めたクローディアは、特に女生徒たちの憧れの的だった。
「はい静かに! もう始まってるわよ!」
クローディアは一喝して教室内の空気を落ち着ける。そして、授業を始めた。
―――そもそも昔、人類は魔法など行使できなかった。クローディアたちの先祖がその力を手にした経緯は、最古の歴史書である『神統記』に詳しい。
「かつて人類は神々と共存していたと『神統記』にはあります。その頃、ナムタルやイドバ、今でいう疫病や熱病に苦しめられていた私たちの先祖は、その苦難から逃れる力として今の治癒魔法を、そして魔法を発現するために必要な魔力であるマナを授かりました。これが魔法のはじまりといわれます」
クローディアは黒板に白墨で要点をまとめながら流暢に話を続ける。彼女が講師だからか、訓練生たちは皆、前のめりに聞き入っていた。
「魔法は、その後も人類を度重なる苦難から救い出してきました。たとえば、皆さんもご存知の《大災禍》では、人類は魔法で大洪水を呼び出し、7日7晩かけて大地に蔓延る悪魔を祓ったと伝わっています」
大災禍―――。神暦600年、神々と対立する悪魔が、神に与する人類を殲滅すべく地上に襲来した神代の逸話だ。その真偽は今なお不明だが、魔法の存在や数多くの歴史遺産から、多くの人が実話だと考えている。
「クローディア様、いいですか?」
生徒の一人が手を挙げた。
「どうぞ」
「《大災禍》の時、なんで悪魔は、神々じゃなくて人間を狙ったんですか?」
「その理由は不明です。魔法を手にして驕った一部の人類が悪魔に手を出して逆鱗にふれたとも、神々を殲滅する上で敵に回る可能性が高かった人類を先に滅ぼしておきたかったともいわれていますが、どんな説もそれを裏づける証拠は見つかっていません」
「はいはーい。ご先祖様たちは方舟を作って大洪水を乗り切ったっていわれてますけど、それってホントですか?」
「今のところ、その可能性が最も高そうですね。20年ほど前にバルムンクとアーリィの研究者がグリードランドで巨大な木造物の残骸を大量に発見しましたが、去年その復元が完了した結果、竜骨に似た構造物ができあがったそうです。おそらく《大災禍》の方舟のものではないかと研究者たちは予想しています」
「悪魔は、今の《魔獣》のことじゃないかっていわれてますけど、そうなんですか?」
「《魔獣》については、分かっていることがほぼないので、なんともいえません。ただ、一個人としての意見ですが、その可能性は否定できないと思います」
クローディアと言葉を交わしたい一心か、生徒たちが精力的に質問を投げかける。そのすべてに淀みなく即答する彼女の様子は、優秀な魔法研究者としての顔を窺わせた。
「じゃあ、もしその大洪水を呼び出す魔法が見つかったら、今の《魔獣》も一掃できるかもしれないってことですか?」
「純粋にできるできないでいえば、史実のとおりの魔法ならできるでしょう。実際、うちの王立魔道研究所をはじめ、その線で《魔獣》討伐を考えている研究者は少なくありません」
「そうした魔法は見つかりそうなんですか?」
「いえ。イングリッドに限って言えば、最近は新しい魔法の発見自体が滞っています。入団後の皆さんには、そのあたりの探索にも協力を頂くことになりますね」
クローディアは、黒板に白墨でなにやら書き始めた。
「ちょうど良いので、ここで魔法の伝承についてお伝えしておきましょう。皆さんは、魔法はどうやって発見されてきたか知っていますか?」
「え、古い遺跡の碑文とかに刻まれてるんじゃないんですか?」「古い本に書いてあるとかかなぁ……」「伝承っていうからには、口伝じゃね?」「民間伝承とかにもありそうだよな。田舎の言い伝えとか」「あーたしかに。悪いことするとお化け出る話とか、それっぽい」
訓練生たちが思い思いの答えを出し合いながら、自然に議論を広げていく。それをクローディアは残さず黒板に書き留めていった。
数分して答えが出尽くしたのを確認すると、クローディアが口を開く。
「いま出してもらった答えがこちらですが、ほとんど正解ですね。そもそも今の詠唱によって魔法を発動する形は、かなり新しい方法といわれています。昔は歌ったり、踊ったり、叫んだり、香を焚いたり、彫像を彫ったり、詩吟や音楽を奏でたり、生贄を捧げたり、実に幅広い方法がありました。言い換えれば、古代から伝わる歌や踊り、詩、音楽、彫像、要はあらゆる文化の中に魔法を発見できる可能性があります。たとえば、皆さんも一度は、夜に騒いでいるとマーナガルムに食べられるとご両親に言われたことがあると思いますが、あの童歌の中から発見された魔法の詠唱もありました」
マーナガルムは、月に仕えたとされる神狼だ。イングリッドの人々にとっては、幼少期に夜更しすると、親が「早く寝ないとマーナガルムが現れる」と恐怖の代名詞に用いるのが定番となっている。
「え? あの歌の中に?」「ってことは……パパもママも、いつも魔法の詠唱を唱えてたってこと?」「でも、それだとおかしくない?」「なにがだ?」「だって、もしそうなら魔法が発動するはずじゃん」「どういうことですか、クローディア様?」
「あの童歌をそのまま唄っても、魔法は発動しません。詠唱は古語でなければいけません」
クローディアが再び黒板に白墨でなにか書きつけ始めた。
your name wind.
your name cutting and judgement edge.
your name Ariel.
your pray soaring sky and crushing peak.
「これは、神アリエルの司る魔法のひとつ《碧の剣》です。簡単にいえば、不可視の風の刃を放つ魔法ですね。この4節にマナを込めることで、魔法が発動します。ちなみに魔法の名前は便宜上、主の神を判別する《象徴》と魔法の特性を表す《形相》からつけられます」
「はーい。その4つの文は、どういう意味なんですか?」
「最初の節が、神の司るもの。windは、私たちの言葉で《風》という意味です。2節目が魔法の形を答える詠唱。cuttingは《斬ること》、judgementは《裁き》、edgeは《刃》という意味です。3節目は神の名。そして4節目が魔法のもたらすものです。ただ、いくら詠唱が正しくても、それだけで魔法は発動しません。マナが具象化するのは私たちが想像した魔法の姿です。この4節は、いわば神と私たちの対話を開く鍵。そして、開いた扉を通じて想像した魔法の思念とマナを送り、魔法を授かります。言い換えれば、正しい魔法の姿を想像できなければ、本来の威力を発揮できないどころか、発動すらできません」
「うへぇ、たいへんそう……」「古語を覚えないといけないのか……」「できるかなぁ……」
「確かに慣れるまでは大変ですね。特に正しい魔法の姿を想像するという過程は、教わってもなかなか身につきません。画で残っていたりしないですからね」
「でも、クローディア様。なんでこんな言葉の羅列で、魔法が発動できるんですか?」
「それを理解するには、魔法の大原則を押さえる必要があります」
再び黒板に向かい、白墨を走らせるクローディア。
「魔法には、2つの大原則があります。接触呪術の法則と、共感呪術の法則です。接触呪術の法則は、触れ合っていたもの同士は、離れてもお互いに影響を及ぼし合うというもので、これは呪いの類いでよく見られます。たとえば、他人に呪いをかける儀式は、よく相手の髪や爪を使いますが、これはそれらに与えた効果が、この法則のもとで本人にも及ぶからです」
「共感呪術の法則っていうのは?」
「こちらは《類似は類似を生む》という標語で語られることが多いですね。火という言葉には火そのものを生む力が宿る、そんなイメージです。たとえば、セイファートの砂漠民であるケルブ族には、生まれた子どもに名前を2つ授ける風習があります。これは公私で名前を分けるためです。普段は自分の存在と結びつかない、つまり類似しない公的な名前で生活し、本来の私的な名前は限られた時にしか使いません。こうしておくと、たとえば名前に呪いをかけられても、公的な名前と本人は類似しないので死に至ることはなく安全というわけです。ちなみにイングリッドにも、神を表す《el》という語尾を名前につけて、神の恩恵を授かろうという風習がありますが、これも同じ理屈から始まったものです」
「神様と同じ名前をつければ、強くなれるかもってことか」「じゃあ、シエルは神様みたいに立派になって欲しいって、その名前つけられたわけだ」「そ、そうなのかなぁ……」「でも、そんな感じゼロだよね?」「朝ごはん5分で忘れるし」「すぐずっこけるし」「人の名前ぜんぜん覚えないし」「立ったまま寝るし」「う、うるさぁぁああぁいっ!」
「はい静かに。つまるところ、詠唱や魔法を想像するという行為は、この類似性を高めるための儀式というわけです。……っと、時間ですね」
話の切りが良いところで、鐘が2度、3度と鳴った。授業終了を告げる音だ。
「では今日はここまで。次から本格的に古語の授業に入るので予習を忘れないように。以上」
クローディアが担当するのは、今年入ったばかりの訓練生に対する魔法の原理の授業だ。魔法の歴史や基礎的な法則など、史実と理論的な話が中心となる。
そのため例年、誰が担当しても退屈を極め、無精する訓練生が出がちな授業なのだが……、
「キャァァァッッッ! クローディアさまー!」「すごい! 本物よ本物!」「こっち向いてくださーい!」「きゃー! 目が合った! あたし目が合っちゃった!」「なに言ってんの私を見てくれたのよ!」「違うわよ私よ!」「あたしだって!」
「………………はぁ」
教室内を埋め尽くす黄色い喝采に、クローディアは思わず溜め息を漏らした。
もっとも、この騒ぎは毎年の恒例行事だった。史上初めて訓練校の剣闘会で6連覇。卒業と同時に、聖痕騎士団長ベルヴェリオ・スチュアートの補佐官に抜擢。そして昨年、入団史上最速で副団長に昇り詰めたクローディアは、特に女生徒たちの憧れの的だった。
「はい静かに! もう始まってるわよ!」
クローディアは一喝して教室内の空気を落ち着ける。そして、授業を始めた。
―――そもそも昔、人類は魔法など行使できなかった。クローディアたちの先祖がその力を手にした経緯は、最古の歴史書である『神統記』に詳しい。
「かつて人類は神々と共存していたと『神統記』にはあります。その頃、ナムタルやイドバ、今でいう疫病や熱病に苦しめられていた私たちの先祖は、その苦難から逃れる力として今の治癒魔法を、そして魔法を発現するために必要な魔力であるマナを授かりました。これが魔法のはじまりといわれます」
クローディアは黒板に白墨で要点をまとめながら流暢に話を続ける。彼女が講師だからか、訓練生たちは皆、前のめりに聞き入っていた。
「魔法は、その後も人類を度重なる苦難から救い出してきました。たとえば、皆さんもご存知の《大災禍》では、人類は魔法で大洪水を呼び出し、7日7晩かけて大地に蔓延る悪魔を祓ったと伝わっています」
大災禍―――。神暦600年、神々と対立する悪魔が、神に与する人類を殲滅すべく地上に襲来した神代の逸話だ。その真偽は今なお不明だが、魔法の存在や数多くの歴史遺産から、多くの人が実話だと考えている。
「クローディア様、いいですか?」
生徒の一人が手を挙げた。
「どうぞ」
「《大災禍》の時、なんで悪魔は、神々じゃなくて人間を狙ったんですか?」
「その理由は不明です。魔法を手にして驕った一部の人類が悪魔に手を出して逆鱗にふれたとも、神々を殲滅する上で敵に回る可能性が高かった人類を先に滅ぼしておきたかったともいわれていますが、どんな説もそれを裏づける証拠は見つかっていません」
「はいはーい。ご先祖様たちは方舟を作って大洪水を乗り切ったっていわれてますけど、それってホントですか?」
「今のところ、その可能性が最も高そうですね。20年ほど前にバルムンクとアーリィの研究者がグリードランドで巨大な木造物の残骸を大量に発見しましたが、去年その復元が完了した結果、竜骨に似た構造物ができあがったそうです。おそらく《大災禍》の方舟のものではないかと研究者たちは予想しています」
「悪魔は、今の《魔獣》のことじゃないかっていわれてますけど、そうなんですか?」
「《魔獣》については、分かっていることがほぼないので、なんともいえません。ただ、一個人としての意見ですが、その可能性は否定できないと思います」
クローディアと言葉を交わしたい一心か、生徒たちが精力的に質問を投げかける。そのすべてに淀みなく即答する彼女の様子は、優秀な魔法研究者としての顔を窺わせた。
「じゃあ、もしその大洪水を呼び出す魔法が見つかったら、今の《魔獣》も一掃できるかもしれないってことですか?」
「純粋にできるできないでいえば、史実のとおりの魔法ならできるでしょう。実際、うちの王立魔道研究所をはじめ、その線で《魔獣》討伐を考えている研究者は少なくありません」
「そうした魔法は見つかりそうなんですか?」
「いえ。イングリッドに限って言えば、最近は新しい魔法の発見自体が滞っています。入団後の皆さんには、そのあたりの探索にも協力を頂くことになりますね」
クローディアは、黒板に白墨でなにやら書き始めた。
「ちょうど良いので、ここで魔法の伝承についてお伝えしておきましょう。皆さんは、魔法はどうやって発見されてきたか知っていますか?」
「え、古い遺跡の碑文とかに刻まれてるんじゃないんですか?」「古い本に書いてあるとかかなぁ……」「伝承っていうからには、口伝じゃね?」「民間伝承とかにもありそうだよな。田舎の言い伝えとか」「あーたしかに。悪いことするとお化け出る話とか、それっぽい」
訓練生たちが思い思いの答えを出し合いながら、自然に議論を広げていく。それをクローディアは残さず黒板に書き留めていった。
数分して答えが出尽くしたのを確認すると、クローディアが口を開く。
「いま出してもらった答えがこちらですが、ほとんど正解ですね。そもそも今の詠唱によって魔法を発動する形は、かなり新しい方法といわれています。昔は歌ったり、踊ったり、叫んだり、香を焚いたり、彫像を彫ったり、詩吟や音楽を奏でたり、生贄を捧げたり、実に幅広い方法がありました。言い換えれば、古代から伝わる歌や踊り、詩、音楽、彫像、要はあらゆる文化の中に魔法を発見できる可能性があります。たとえば、皆さんも一度は、夜に騒いでいるとマーナガルムに食べられるとご両親に言われたことがあると思いますが、あの童歌の中から発見された魔法の詠唱もありました」
マーナガルムは、月に仕えたとされる神狼だ。イングリッドの人々にとっては、幼少期に夜更しすると、親が「早く寝ないとマーナガルムが現れる」と恐怖の代名詞に用いるのが定番となっている。
「え? あの歌の中に?」「ってことは……パパもママも、いつも魔法の詠唱を唱えてたってこと?」「でも、それだとおかしくない?」「なにがだ?」「だって、もしそうなら魔法が発動するはずじゃん」「どういうことですか、クローディア様?」
「あの童歌をそのまま唄っても、魔法は発動しません。詠唱は古語でなければいけません」
クローディアが再び黒板に白墨でなにか書きつけ始めた。
your name wind.
your name cutting and judgement edge.
your name Ariel.
your pray soaring sky and crushing peak.
「これは、神アリエルの司る魔法のひとつ《碧の剣》です。簡単にいえば、不可視の風の刃を放つ魔法ですね。この4節にマナを込めることで、魔法が発動します。ちなみに魔法の名前は便宜上、主の神を判別する《象徴》と魔法の特性を表す《形相》からつけられます」
「はーい。その4つの文は、どういう意味なんですか?」
「最初の節が、神の司るもの。windは、私たちの言葉で《風》という意味です。2節目が魔法の形を答える詠唱。cuttingは《斬ること》、judgementは《裁き》、edgeは《刃》という意味です。3節目は神の名。そして4節目が魔法のもたらすものです。ただ、いくら詠唱が正しくても、それだけで魔法は発動しません。マナが具象化するのは私たちが想像した魔法の姿です。この4節は、いわば神と私たちの対話を開く鍵。そして、開いた扉を通じて想像した魔法の思念とマナを送り、魔法を授かります。言い換えれば、正しい魔法の姿を想像できなければ、本来の威力を発揮できないどころか、発動すらできません」
「うへぇ、たいへんそう……」「古語を覚えないといけないのか……」「できるかなぁ……」
「確かに慣れるまでは大変ですね。特に正しい魔法の姿を想像するという過程は、教わってもなかなか身につきません。画で残っていたりしないですからね」
「でも、クローディア様。なんでこんな言葉の羅列で、魔法が発動できるんですか?」
「それを理解するには、魔法の大原則を押さえる必要があります」
再び黒板に向かい、白墨を走らせるクローディア。
「魔法には、2つの大原則があります。接触呪術の法則と、共感呪術の法則です。接触呪術の法則は、触れ合っていたもの同士は、離れてもお互いに影響を及ぼし合うというもので、これは呪いの類いでよく見られます。たとえば、他人に呪いをかける儀式は、よく相手の髪や爪を使いますが、これはそれらに与えた効果が、この法則のもとで本人にも及ぶからです」
「共感呪術の法則っていうのは?」
「こちらは《類似は類似を生む》という標語で語られることが多いですね。火という言葉には火そのものを生む力が宿る、そんなイメージです。たとえば、セイファートの砂漠民であるケルブ族には、生まれた子どもに名前を2つ授ける風習があります。これは公私で名前を分けるためです。普段は自分の存在と結びつかない、つまり類似しない公的な名前で生活し、本来の私的な名前は限られた時にしか使いません。こうしておくと、たとえば名前に呪いをかけられても、公的な名前と本人は類似しないので死に至ることはなく安全というわけです。ちなみにイングリッドにも、神を表す《el》という語尾を名前につけて、神の恩恵を授かろうという風習がありますが、これも同じ理屈から始まったものです」
「神様と同じ名前をつければ、強くなれるかもってことか」「じゃあ、シエルは神様みたいに立派になって欲しいって、その名前つけられたわけだ」「そ、そうなのかなぁ……」「でも、そんな感じゼロだよね?」「朝ごはん5分で忘れるし」「すぐずっこけるし」「人の名前ぜんぜん覚えないし」「立ったまま寝るし」「う、うるさぁぁああぁいっ!」
「はい静かに。つまるところ、詠唱や魔法を想像するという行為は、この類似性を高めるための儀式というわけです。……っと、時間ですね」
話の切りが良いところで、鐘が2度、3度と鳴った。授業終了を告げる音だ。
「では今日はここまで。次から本格的に古語の授業に入るので予習を忘れないように。以上」