本編
詰め所を出た三人は、王都から西へ1キロメドルほど離れたところにあるククルの森へやって来た。四方数キロメドル以上に及ぶ広大な深緑に覆われた樹海だ。
「ここでなにをするんだ?」
「獣の威嚇よ」
「威嚇?」
「この森の獣は、人の味を覚えてしまっているものが多いから、騎士団が定期的に来て街道へ出てこないよう威嚇してるんです。森の西を走るアストア街道は、毎日多くの人が利用するんですけど、少しでも怠るとあっさり獣が出てきて、被害が出ちゃって」
「普通は訓練校を卒業した騎士たちの仕事なんだけど、傭兵試験から登用された人にも通過儀礼として何度かやってもらってるの」
「なるほど。具体的には?」
「森の中を進みながら、見かけた獣を一通り牽制して。傷つける必要はないわ。脅かすだけで十分。道は北と南の2本あるから、貴方には私と一緒に北へ来てもらうわ。ライザは南ね」
「分かった」「えー! あたしが一緒に行きたいです!」「意味ないでしょ、それじゃ」「じゃ、じゃあ、あたしがアルさんと一緒に行きます! 先輩があんな目やこんな目に遭わないように」「あるわけないでしょライザじゃあるまいし」「げぶぇっ!」
クローディアの容赦ない一言に、ライザが泡を吹いて倒れた。
「……はぁ、まったくいつもいつも……、とりあえず、行きましょう」
クローディアはライザを放置して、そのまま森に向かって歩き出した。
「……な、なぁ」
「なに?」
「あいつ……あのままでいいのか?」
アルが視線を向けた先では、ライザが馬車にひかれて轢死寸前の蛙のように、仰向けになって全身をぴくぴく震わせている。
「大丈夫よ。それでも補佐官だから、獣が近づいてきたら、本能的に目を覚ますわ。2つの道は最終的に森の中を走るメルビル川の中流域へ通じてるから、そこで合流もできるしね」
理屈になっていない理由を述べて、クローディアはそそくさと森へ入っていった。
道中は、木々の多さのわりに、陽の光が届いて見通しは良かった。豊かに降り注ぐ暖かい木漏れ日は天上へ至る階段を思わせ、一帯は神秘的な雰囲気に包まれている。
その道中では、さまざまな獣が何度も二人に牙を向けてきた。体長3メドルはある巨大な白狼《ヴェアウルフ》。二足で素早く歩行し拾った人製の武具も器用に扱う巨大な蜥蜴《メガリザード》。木々を縫うように森の中を素早く飛び回り集団で獲物を襲う鳥型の獣《グリムクロウ》。いずれも旅人や行商人から恐れられている、凶暴な猛獣だ。
だが、その全てをアルは難なく退けてみせた。彼が手にした黒鉄の剣で近くの樹木を薙ぎ倒すだけで、獣たちは格の違いを認めてか、すぐに森の奥へ引っ込んだ。文字通り目にも留まらない彼の一振りが、獣たちの本能に確かな恐怖として容赦なく刻まれていく。
(……さすがね。これだけでも一流だわ)
その実力に、改めて目を見張るクローディア。
だが、一方で彼女は、心中で密かな期待を疼かせてもいた。
(……やっぱり、この程度の相手じゃ、魔法は使ってくれないわね)
彼を自分に同行させた理由。それは、表向きは道を知らない彼の案内役だったが、本音は彼の魔法を間近で見て、その秘密を探るためだった。
しかし彼女の予想通り、取るに足らない相手では、魔法を使ってはくれないようだ。
もっとも、それは仕方ないことでもある。魔法に使ったマナは、ある程度の休息を経ないと回復しない。真っ当な騎士や傭兵であれば、浪費などという愚行は犯さない。
(仕方ないわね……。今日のところは諦めましょう)
クローディアは頭を切り替え、仕事に集中する。
その後も、二人は特に危なげなく、森の奥へと歩みを進める。
「そういえば、あんたの部下は、あの子だけなのか? 他の副団長は、それぞれ分団を預かってるって聞いたが」
道中、アルがクローディアに尋ねてきた。
「ええ。私は王立魔道研究所にも研究者としての籍がある関係で、立ち位置が少し特殊なの。王都の防衛や後進の育成、魔法の研究が主な仕事で、要請に応じて方々に出向く感じね。その窓口になってくれてるのが、ライザというわけ」
「それが補佐官ってやつの仕事か?」
「厳密には少し違うわ。そもそも補佐官は役職というより、騎士団の精鋭に有望な見習いをつけて、徹底的に鍛え上げるための制度なの。《原初の魔獣》が確認されて以降、騎士団は全員を平等に育てる従来の育成から、少数精鋭の育成に方針を転換してね」
「……なるほどな。確かに《魔獣》相手に並の騎士を何人ぶつけようと、敵うわけがない。それなら有望な騎士に全精力をかけようってわけか」
「ええ。……本来の騎士団の在り方としては、絶対に許されないけどね」
クローディアは、複雑な心境を吐露する。
彼女は、今の騎士団の育成方針に必ずしも賛同ではない。むしろ個に頼り過ぎており、組織として非常に危ういと感じている。頼るべき個が失われた時、騎士団はおそらくいとも容易く瓦解するだろうと。
だが一方で、今はそれしか《魔獣》への対抗手段がないのも事実だった。
しばし歩くと、やがて目的のメルビル川へたどり着いた。森の中央を南北に走る清流だ。川底まで透き通るほど綺麗な水の弾ける音が、木々のささやきと合わさって、一帯に幻想的な雰囲気を演出していた。
「……ライザはまだみたいね。少し座って待ちましょう」
クローディアは川辺にあった大きな岩に腰を下ろした。それに倣ってアルも隣の岩に座る。
結局、アルは道中、一度も魔法を使わなかった。
やはり目論見が甘かったか……なら、いっそのこと直に聞いてしまおうか。あるいはそれで意外とあっさり解決するのでは……クローディアは一人、そんなことを黙って考え込む。
……と、
「……しかし、聖痕騎士団ってのは、ずいぶん変わった騎士団だな」
アルが唐突な話を切り出した。
「そうなの?」
「ああ。傭兵としていくつかの国を見て回ってきたが、ここまで女が多い騎士団は見たことがない。他の国じゃ、あんたみたいに綺麗なやつは、こういう組織にいなかったからな」
「―――ッ!? き、き、きき、き……っ!?」
アルの一言を受けて、途端に動揺し始めるクローディア。いきなり面と向かって綺麗と言われたせいだろうか、途端に助けを求めるように頭を左右に振り乱す。その顔は驚くほど真っ赤に染まっていた。
その変化に驚いたアルが「……? お、おい……大丈夫、か?」と、心配そうに尋ねる。
「だ、だだ、だ、だだだ、だ、だだだいじょうぶでぇぇぇぇぇぇ!?」
気恥ずかしさに負けたクローディアは、反射的にアルから距離を取ろうとし……そのまま後ろへひっくり返って川に落ちた。
「お、おい!」
咄嗟にアルが立ち上がって川に飛び込む。幸い川はそこまで深くなく、クローディアはアルに抱えられ、すぐに助け出された。
「げ、げほッ! けほ、ッ! けほっ! は……ぁ、っ。は、ぁ。はぁ……はぁ……あ……ありがとう……ございます……」
「い、いや……」
川辺に上がり、しばし両手を地面について必死に息を整えるクローディア。頭から逆さに落ちて鼻から水が入ったせいで、鼻の奥が妙に痛い。
「そ、その……わ、悪かった。まさかそんなに動揺するとは……」
「い、いえ……貴方のせいではありません……そ、その……なんか、すみません……」
意識して避けてきた敬語が自然と出てしまうほど、まだ動揺が冷めないクローディア。
その後、二人はしばらく無言のまま、背中を向け合っていた。
クローディアは、両膝を抱え、川辺に腰を下ろしている。もはやアルの顔を正面から見ることができない。その上、ずぶ濡れの制服は生地が透けてしまい、とてもではないが彼に見せられたものではなかった。とりあえず乾くまでは、このまま動けない。
(―――あんたみたいに綺麗なやつは)
「!?!?!?!?」
だが、少しでも気を抜くと、途端に再び彼の言葉が頭を過ぎり、また顔が異様な熱を持つ。おかげでクローディアの瞳は、先ほどから支離滅裂に回りっぱなしだ。
動揺を必死に隠そうと、両膝に顔を埋めるクローディア。
今まで同性から綺麗と言われたことはあったが、異性から面と向かって言われたのは、初めてだった。訓練生時代から同性につきまとわれることは多かった一方、異性とは話した経験すらほとんどない。鍛錬に集中するためクローディア自身が言い寄ってくる連中を寄せつけてこなかったためだが、まさかその弊害がこんな形で出るとは彼女も思わなかっただろう。
(い、いけない……なにか、ほかのこと考えて……)
だが、そう思うたび、意識は彼の言葉を反芻してしまう。
「あ、いたいた! 探しましたよー、せんぱ……………………、ッッッッッ!?」
そこへ森を抜けてきたライザが駆け寄ってきた。
が、その足と表情が途中で凍りついた。
「あ、ライザ……」
クローディアは顔を上げ、ライザのほうを見る。
彼女は、なぜかこちらを指差したまま、戦慄くようにその全身を震わせていた。
かと思った直後、
「………………せ、せ、せ……せ、んぱいに、なにしたぁぁぁああぁぁぁッッッッッ!」
突如、突進してきたライザが跳躍し、そのままクローディアの脇を抜けて「ぐはっ!?」アルに両足で飛び蹴りを食らわせた。
「ちょ!?」
あまりに突拍子のない一幕に、クローディアも驚きで素っ頓狂な声を上げる。
当のライザは「フシュー! フシュー!」と、飢えた獣のように息を荒げていた。
「や、や、やっぱり先輩と二人きりになって、あんなことやこんなことしようと企んでたんですねっ!? せ、せ、せせせせんぱいを川に落としてずぶ濡れにするなんて、そんなあたしでもやったことないうらやま……じゃなかった、けしからんこと、この補佐官のあたしが許しません! 先輩にあれこれやっていいのは、あたしだけなんですッッッ!」
意味不明な理屈で怒り散らすライザ。それでも、ひと通り文句を吐いて鬱憤が解消できたのか、今度はクローディアのほうへ駆け寄り、
「せ、せせ、せせせんぱい寒いですよね!? ね!? ね!? そ、そんな格好じゃ風邪ひいちゃいます! あ、ああ、あ、あ、あああああたしがあっためてあげますね! だいじょうぶですこんなこともあろうかと、ひごろかられんしゅうはしっかりしてます! さあいますぐ服を脱いでくだざぶじべぶぇっ!?」
「馬鹿なこと言ってないで、周りの警戒でもしてなさいッッッ!」
クローディアが反射的に鉄拳で制裁。吹き飛んだライザはそのまま失神した。
結局、服が乾くまで、アルが周りを警戒してくれた。
そしてクローディアの服が乾き、ライザが目を覚ますと、三人はぎこちない雰囲気の中、王都まで戻った。
「ここでなにをするんだ?」
「獣の威嚇よ」
「威嚇?」
「この森の獣は、人の味を覚えてしまっているものが多いから、騎士団が定期的に来て街道へ出てこないよう威嚇してるんです。森の西を走るアストア街道は、毎日多くの人が利用するんですけど、少しでも怠るとあっさり獣が出てきて、被害が出ちゃって」
「普通は訓練校を卒業した騎士たちの仕事なんだけど、傭兵試験から登用された人にも通過儀礼として何度かやってもらってるの」
「なるほど。具体的には?」
「森の中を進みながら、見かけた獣を一通り牽制して。傷つける必要はないわ。脅かすだけで十分。道は北と南の2本あるから、貴方には私と一緒に北へ来てもらうわ。ライザは南ね」
「分かった」「えー! あたしが一緒に行きたいです!」「意味ないでしょ、それじゃ」「じゃ、じゃあ、あたしがアルさんと一緒に行きます! 先輩があんな目やこんな目に遭わないように」「あるわけないでしょライザじゃあるまいし」「げぶぇっ!」
クローディアの容赦ない一言に、ライザが泡を吹いて倒れた。
「……はぁ、まったくいつもいつも……、とりあえず、行きましょう」
クローディアはライザを放置して、そのまま森に向かって歩き出した。
「……な、なぁ」
「なに?」
「あいつ……あのままでいいのか?」
アルが視線を向けた先では、ライザが馬車にひかれて轢死寸前の蛙のように、仰向けになって全身をぴくぴく震わせている。
「大丈夫よ。それでも補佐官だから、獣が近づいてきたら、本能的に目を覚ますわ。2つの道は最終的に森の中を走るメルビル川の中流域へ通じてるから、そこで合流もできるしね」
理屈になっていない理由を述べて、クローディアはそそくさと森へ入っていった。
道中は、木々の多さのわりに、陽の光が届いて見通しは良かった。豊かに降り注ぐ暖かい木漏れ日は天上へ至る階段を思わせ、一帯は神秘的な雰囲気に包まれている。
その道中では、さまざまな獣が何度も二人に牙を向けてきた。体長3メドルはある巨大な白狼《ヴェアウルフ》。二足で素早く歩行し拾った人製の武具も器用に扱う巨大な蜥蜴《メガリザード》。木々を縫うように森の中を素早く飛び回り集団で獲物を襲う鳥型の獣《グリムクロウ》。いずれも旅人や行商人から恐れられている、凶暴な猛獣だ。
だが、その全てをアルは難なく退けてみせた。彼が手にした黒鉄の剣で近くの樹木を薙ぎ倒すだけで、獣たちは格の違いを認めてか、すぐに森の奥へ引っ込んだ。文字通り目にも留まらない彼の一振りが、獣たちの本能に確かな恐怖として容赦なく刻まれていく。
(……さすがね。これだけでも一流だわ)
その実力に、改めて目を見張るクローディア。
だが、一方で彼女は、心中で密かな期待を疼かせてもいた。
(……やっぱり、この程度の相手じゃ、魔法は使ってくれないわね)
彼を自分に同行させた理由。それは、表向きは道を知らない彼の案内役だったが、本音は彼の魔法を間近で見て、その秘密を探るためだった。
しかし彼女の予想通り、取るに足らない相手では、魔法を使ってはくれないようだ。
もっとも、それは仕方ないことでもある。魔法に使ったマナは、ある程度の休息を経ないと回復しない。真っ当な騎士や傭兵であれば、浪費などという愚行は犯さない。
(仕方ないわね……。今日のところは諦めましょう)
クローディアは頭を切り替え、仕事に集中する。
その後も、二人は特に危なげなく、森の奥へと歩みを進める。
「そういえば、あんたの部下は、あの子だけなのか? 他の副団長は、それぞれ分団を預かってるって聞いたが」
道中、アルがクローディアに尋ねてきた。
「ええ。私は王立魔道研究所にも研究者としての籍がある関係で、立ち位置が少し特殊なの。王都の防衛や後進の育成、魔法の研究が主な仕事で、要請に応じて方々に出向く感じね。その窓口になってくれてるのが、ライザというわけ」
「それが補佐官ってやつの仕事か?」
「厳密には少し違うわ。そもそも補佐官は役職というより、騎士団の精鋭に有望な見習いをつけて、徹底的に鍛え上げるための制度なの。《原初の魔獣》が確認されて以降、騎士団は全員を平等に育てる従来の育成から、少数精鋭の育成に方針を転換してね」
「……なるほどな。確かに《魔獣》相手に並の騎士を何人ぶつけようと、敵うわけがない。それなら有望な騎士に全精力をかけようってわけか」
「ええ。……本来の騎士団の在り方としては、絶対に許されないけどね」
クローディアは、複雑な心境を吐露する。
彼女は、今の騎士団の育成方針に必ずしも賛同ではない。むしろ個に頼り過ぎており、組織として非常に危ういと感じている。頼るべき個が失われた時、騎士団はおそらくいとも容易く瓦解するだろうと。
だが一方で、今はそれしか《魔獣》への対抗手段がないのも事実だった。
しばし歩くと、やがて目的のメルビル川へたどり着いた。森の中央を南北に走る清流だ。川底まで透き通るほど綺麗な水の弾ける音が、木々のささやきと合わさって、一帯に幻想的な雰囲気を演出していた。
「……ライザはまだみたいね。少し座って待ちましょう」
クローディアは川辺にあった大きな岩に腰を下ろした。それに倣ってアルも隣の岩に座る。
結局、アルは道中、一度も魔法を使わなかった。
やはり目論見が甘かったか……なら、いっそのこと直に聞いてしまおうか。あるいはそれで意外とあっさり解決するのでは……クローディアは一人、そんなことを黙って考え込む。
……と、
「……しかし、聖痕騎士団ってのは、ずいぶん変わった騎士団だな」
アルが唐突な話を切り出した。
「そうなの?」
「ああ。傭兵としていくつかの国を見て回ってきたが、ここまで女が多い騎士団は見たことがない。他の国じゃ、あんたみたいに綺麗なやつは、こういう組織にいなかったからな」
「―――ッ!? き、き、きき、き……っ!?」
アルの一言を受けて、途端に動揺し始めるクローディア。いきなり面と向かって綺麗と言われたせいだろうか、途端に助けを求めるように頭を左右に振り乱す。その顔は驚くほど真っ赤に染まっていた。
その変化に驚いたアルが「……? お、おい……大丈夫、か?」と、心配そうに尋ねる。
「だ、だだ、だ、だだだ、だ、だだだいじょうぶでぇぇぇぇぇぇ!?」
気恥ずかしさに負けたクローディアは、反射的にアルから距離を取ろうとし……そのまま後ろへひっくり返って川に落ちた。
「お、おい!」
咄嗟にアルが立ち上がって川に飛び込む。幸い川はそこまで深くなく、クローディアはアルに抱えられ、すぐに助け出された。
「げ、げほッ! けほ、ッ! けほっ! は……ぁ、っ。は、ぁ。はぁ……はぁ……あ……ありがとう……ございます……」
「い、いや……」
川辺に上がり、しばし両手を地面について必死に息を整えるクローディア。頭から逆さに落ちて鼻から水が入ったせいで、鼻の奥が妙に痛い。
「そ、その……わ、悪かった。まさかそんなに動揺するとは……」
「い、いえ……貴方のせいではありません……そ、その……なんか、すみません……」
意識して避けてきた敬語が自然と出てしまうほど、まだ動揺が冷めないクローディア。
その後、二人はしばらく無言のまま、背中を向け合っていた。
クローディアは、両膝を抱え、川辺に腰を下ろしている。もはやアルの顔を正面から見ることができない。その上、ずぶ濡れの制服は生地が透けてしまい、とてもではないが彼に見せられたものではなかった。とりあえず乾くまでは、このまま動けない。
(―――あんたみたいに綺麗なやつは)
「!?!?!?!?」
だが、少しでも気を抜くと、途端に再び彼の言葉が頭を過ぎり、また顔が異様な熱を持つ。おかげでクローディアの瞳は、先ほどから支離滅裂に回りっぱなしだ。
動揺を必死に隠そうと、両膝に顔を埋めるクローディア。
今まで同性から綺麗と言われたことはあったが、異性から面と向かって言われたのは、初めてだった。訓練生時代から同性につきまとわれることは多かった一方、異性とは話した経験すらほとんどない。鍛錬に集中するためクローディア自身が言い寄ってくる連中を寄せつけてこなかったためだが、まさかその弊害がこんな形で出るとは彼女も思わなかっただろう。
(い、いけない……なにか、ほかのこと考えて……)
だが、そう思うたび、意識は彼の言葉を反芻してしまう。
「あ、いたいた! 探しましたよー、せんぱ……………………、ッッッッッ!?」
そこへ森を抜けてきたライザが駆け寄ってきた。
が、その足と表情が途中で凍りついた。
「あ、ライザ……」
クローディアは顔を上げ、ライザのほうを見る。
彼女は、なぜかこちらを指差したまま、戦慄くようにその全身を震わせていた。
かと思った直後、
「………………せ、せ、せ……せ、んぱいに、なにしたぁぁぁああぁぁぁッッッッッ!」
突如、突進してきたライザが跳躍し、そのままクローディアの脇を抜けて「ぐはっ!?」アルに両足で飛び蹴りを食らわせた。
「ちょ!?」
あまりに突拍子のない一幕に、クローディアも驚きで素っ頓狂な声を上げる。
当のライザは「フシュー! フシュー!」と、飢えた獣のように息を荒げていた。
「や、や、やっぱり先輩と二人きりになって、あんなことやこんなことしようと企んでたんですねっ!? せ、せ、せせせせんぱいを川に落としてずぶ濡れにするなんて、そんなあたしでもやったことないうらやま……じゃなかった、けしからんこと、この補佐官のあたしが許しません! 先輩にあれこれやっていいのは、あたしだけなんですッッッ!」
意味不明な理屈で怒り散らすライザ。それでも、ひと通り文句を吐いて鬱憤が解消できたのか、今度はクローディアのほうへ駆け寄り、
「せ、せせ、せせせんぱい寒いですよね!? ね!? ね!? そ、そんな格好じゃ風邪ひいちゃいます! あ、ああ、あ、あ、あああああたしがあっためてあげますね! だいじょうぶですこんなこともあろうかと、ひごろかられんしゅうはしっかりしてます! さあいますぐ服を脱いでくだざぶじべぶぇっ!?」
「馬鹿なこと言ってないで、周りの警戒でもしてなさいッッッ!」
クローディアが反射的に鉄拳で制裁。吹き飛んだライザはそのまま失神した。
結局、服が乾くまで、アルが周りを警戒してくれた。
そしてクローディアの服が乾き、ライザが目を覚ますと、三人はぎこちない雰囲気の中、王都まで戻った。