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失われた最終兵器

蒼穹の下、豪炎寺がしなやかに体を海老反る。
手の動きと共に生み出された紫炎の奥から姿を見せた迸るエネルギー弾。
目が眩みそうな青々しい輝きを中央部は放っているのに、外側だけが鮮烈な程紅い。
神々しくも禍々しさを放つそれにフィールドプレーヤーも、観客も、実況も声を失った。

飛び上がった豪炎寺は左足でフィールドに宙に止まっていたエネルギー弾を打ち落とした。
かと思えば、エネルギー弾が芝生に着くよりも速く流麗な足捌きをかける。
目に止まらぬ速さで左右の足から回転が重なりその威力は加速して行く。
豪炎寺は高く飛び上がり、トドメの一撃とばかりに左足を一気にエネルギー弾に叩き付けた。
スパイクとボールの布地部分が激しく擦れる音。その直後に彼の足から放たれたシュートが弧を描く。

_______ それは、龍が空で身をくねらせ舞うかのように。
フィールドの芝を抉り土層を見せる程の勢いで空を跳ね回るかのように。


「ラストリゾート!!」


その絶大な威力は劣ろうことなく韓国ゴールへと這っていく。

(………まじ、か)

思わず感嘆に近い呼気が我知らずに零れ落ちた。
大河はカラカラな唇を舐めながら諦念に近い笑みを宿す。ベンチでこれだけの貫禄だ。
フィールドにいたプレーヤーならば生じた衝撃波も、彼の他者を寄せ付けない圧倒的実力も。
身を通じて嫌でも痛感するであろう。

既に、恐れをなしたか韓国のGKシン・レォンはその表情に恐怖が滲み浮かんでいる。
その怯懦っぷりは他人事で有るから笑えもするが、もし当人の立場ならと考えると悍ましい。

(……ラストリゾート、か。最後の貸し手……)

日本の最終兵器、という意だろう。頭の片隅でぼんやりと考え詰めながら、大河は勢いよくネットに吸い込まれる日本初得点シュートを放った豪炎寺 ____ を忌々しげに見詰めるペクを黙視していた。



「これは何というシュートでしょうかーーーっ!!まさに圧倒的、アンビリーバボォーッ!
このようなシュートを日本の選手が使えると誰が予想したでしょうかーーーぁっ!!」


_________________ そうだ、誰も予想出来なかったのだ。


元来、理知な性である豪炎寺が手放しの歓びを、ゴールパフォーマンスを見せる。
炭酸の飛沫の様な軽やかさが、破顔の笑みが、彼を縁取っていた。

隠す事など出来ない興奮と一縷の混乱が混濁したスタジアム。
イナズマジャパンの面子の反応は皆見事にバラバラであった。

特に、誰よりも瞭然に茫然と眼前の光景に慄いたのは灰崎だっただろう。
その赤銅色の瞳には畏怖の意がありありと覗いている。

「なんだ、今のは……」

肌越しでもその威力をもって知るには充分だった。言いたい事が上手く纏まらないような躊躇いのあるような彼の科白が静かにフィールドに落ちる。灰崎の隣では、鬼道が顔色を変える事なくゆるりと柔らかい、しかしそれでいて力強い笑みが浮かんでいた。

「やはり、完成していたか……!」

まるで『豪炎寺修也が、日本代表の皆が持つ必殺技とは比べものにならない程の破格的な武器を隠し持ち合わせていた』事を悟っていたかのように。

「豪炎寺、やっぱお前は豪炎寺だなっ!!」
「……円堂。それはどういう評価だ…?」

目眩がするかのように目蓋を閉じた灰崎。ゴールポストでは円堂の朗らかな笑いが響いていた。




「……やばいな……」

歓声が未だ止まぬ中、片手で口元を隠しながら先程から目をつけているペクに目をやる。
案の定、目の端が悍しい程に吊り上がっており、明らかに面白く思っていないのが見受けられた。いっそ清々しい程の態度だと遠目に思う。…いや、今はそれどころじゃない。

(……これ、まずいんじゃ……?)

出る杭は打たれるだなんて専ら。正に今、豪炎寺修也は目立ち過ぎる杭であろう。
勿論、相手側はその杭を制裁しようと潰しにかかる _________ そこまで考えてじわりと焦燥感が駆け抜けた。

(……この浮かれた雰囲気にまさか乗算するわけじゃないよな…)

初戦からオリオンの使徒が混ざり込んでいる。その事実は変わりない。
客観的に見ても私情を挟んでもどう考えても10番のトラバンドの選手以外、刻印の所有者は有り得ないだろう。まだ、その影響力がチームにまで蔓延しているかは解らないが。

いっそのこと、彼等の事を簡易的にメンバーに掻い摘むべきか、と考えて軽く唸った。
まだ、……まだ、話さなくても。どうせ勘の良い人はいる。嫌でもこの目を逸らせぬ現状に早かれ遅かれ突きつけられるのだから。

(トラバンドがへました所を告発して退場が1番論理的だけどな……さっきのラフプレーを見る限りやらねーだろーし……仮にもこれは国際大会。ベンチからの告発だけで動くもんじゃねぇ……)

たびたび胸を過ぎる子供故の無力さ。それは怠惰からの無力ではなく、『何も出来ない事』への無力さ。肺に重た過ぎるガスが溜まったかの様に軽く息が詰まった。

(情けな…何やってんだか)

静かにジャージを握り締めながらイレブンバンドのラインをなぞる。
伏せられた目には何も映らなかった。
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