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世界への門

この現状を第三者が見たら如何思うだろう。
1人に5人体制、という圧倒的状況でまさかその“1人”が5人を翻弄している現状を見たら。

(……無敵ヶ原ってチートかよ)

大河はボイコットとばかりに無敵ヶ原富士丸の再起不能襲来を抜け出した。
幸いなのか不幸なのか彼が抜け出した事に気付いた同胞はいない。気付いたとしても参加しないけど、とパシられた時に買い入れた棒アイスを咀嚼しながら1人足早に合宿地に戻る。

煌々と灯る合宿所の電灯に薄暗い夜道に馴染んだ目が一瞬眩んだ。
思わず細めた双眸の端にふと、気づかなかった人影を捉える。その特徴的な髪型で直ぐに大河はその人物を理解した。

(……警戒心緩々じゃん、梅干し……)

______

………誰もいないな。
少し辺りを見回して一星はホッと息を撫で下ろす。音を立てて疲労が身を襲ってきそうだった。
もう少しで監督命令でパシられた組が帰ってくるからはやめに帰らなければいけない。そう、自分に言い聞かせながら思い切り伸びをした。

「……媚び売るのほんっと疲れる」

濃紺色のハネ気味の髪が凪いだ風に揺れた。一星は思わずゆったり目を伏せる。

「この刻印……ソックス履く時どうしても周りの目、気にするんだよな」

溝に沿って少し指の腹でなぞると自身の左足が微動した。痛みは感じないがあまり触らない方がいいだろう。

刻印をぼんやり見つめながら、施術を受けていたあの時を想起させていた一星は、ふと自分の視界が影が僅かに覆われている事に漸く気付いた。先程の余裕は吹っ飛び、慌てて背後に顔を向ける。

(……水月……大河…!!!?いつのまに……!?)

全く音がしなかった、全然気づかなかった。
慌てて視線を彷徨わせてみたが、他のメンバーはまだ姿を見せていない。
困惑と混乱で頭が上手く機能しなかった。

「……ポンコツ」

慌てて剥き出しにした刻印をソックスで隠すものの事は既に遅く。
ガリっとアイスが彼の口の中で砕かれる音がその場に響き渡る。

アイスの棒を此方に向けながら彼は抑揚なく言い捨てた。あまりの一言に一星は凍り付く。
呆然と座り尽くす一星にこれ以上何も言わず、干渉も追及もせず彼はとっとと回れ右して合宿所に入ってしまう。

(……財団、試合前から刻印の事バレた場合なんて言ってた……!?
よりによって要注意人物に即バレしたとかもう終わったようなもんだろ……!!)

冷や汗が堰を切ったように溢れ、心臓の音が思考を妨げる。
一星の運命、如何に。




一足先に施設内に姿を現した大河は、殆ど残っていないアイスの棒を咥えたままある人物を探し歩いていた。そして、廊下の隅に姿を現した趙 金雲を視界に捉え、薄い笑みを象った。

「……はやく5人を迎えに行ってあげた方がいーんじゃない」
「水月くぅん……なるほどぉ、そーゆう事ですかぁ」

趙 金雲はさして動揺せずニマリとあの独特の笑みを浮かべた。今、何も状況を知らぬ者達が偶々見てしまっていたら迷わず、両者は通報されていただろう。それくらい酷い笑顔だった。

「言われなくても行くつもりですよぉ~、安心してくださいネ。
ところで子分君の正体はいつ気付いたんですかぁ?水月くぅん」
「……あのさぁ、あのお面に“もうちょっと素性を晒す事に危機感を持て”って言っておきなよ。いつか彼奴らにバレるって。それとネーミングセンスが酷い」

「あんなの一瞬でバレるって」とため息混じりに吐けば、あらまぁ~と含み笑いを溢す金雲。

(無敵ヶ原停泊所、富士丸という船の名。……少し捻るって概念はねーのか)

勘の良い人なら今回で、莫迦でも次に交われば偽名だと1発で見抜いてしまうだろう。
なんなら名乗らない方が得策だったかもしれないのに。

「……あんな遠回しな事やんないで、特訓内容にさらりと加えれば良かったじゃん。
別に初戦に当たる韓国の他にもラフプレーが得意な国は幾らでもあっけど」

一瞬、金雲の表情が微かに締まった。半信半疑で彼を見据えていた金雲の瞳はいつになく鋭い。大河もまた、隈はハッキリ残っていたものの、珍しく鋭利な眼光が宿っていた。

________生まれた静寂は金雲が立てた衣擦れによって破られた。
金雲は諦めにも似た脱力しかけたかのような笑みを浮かべてゆっくりと口を開く。

「一体水月くぅん……貴方はこのFFIの裏をどれ程知っているんですかぁ?」
「……さぁ?10年前の一件ぐらいしか」

そう口にした大河はフッ、と息を吐きながらUターンし、1人部屋へとそそくさ戻ってしまう。再び訪れた静寂の中、趙 金雲は去っていく大河の背中を見送り一息吐くのだった。

「__________『経歴に無い10年間を探って遡った』って事ですかぁ。成る程ぉ」

「いやぁ、あっぱれデス」と感嘆の意を述べながら壊滅しかけているお使い勢の元へ悠然と歩き出す金雲の黄金色の瞳には、この状況を愉しんでいる様な光が宿っていた。
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