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世界への門

「水月君、隣りいい?」
「……駄目って言ったところであんた、俺の隣座んだろ」

翌朝、眠たげな顔つきで味噌汁をズズッと啜る大河。
昨日一日中話題で絶えなかった張本人、呑気に味噌汁飲んでるんだけど。なに、マイペース?

一星は内心、(行儀悪ぃ!!啜るのやめろよ!)と毒付きながらプレートを置いて腰掛けた。
彼の性分は大体昨日のうちに把握した。とにかく口が悪い。そして年上や大人とか、そういう概念がない。後、何事に対してもやる気……気力を感じられない。

今日も今日とて、ボサボサな髪に目元にクッキリ出ている隈。
自分で体調管理ができないダメ男かと一星は思索していたが“管理が出来ない”以上に“管理する気がないのだ”という結論に至るまで1日とも月日は要さなかった。
『自立した生活が出来ない屑』とか『周囲に依存してる男』とか彼に対する肩書きが一星の脳裏を駆け巡る。素行不良を超え、とっくに腐敗している。

「……梅干しって。同校いないんだっけ」

ふと、お新香を箸で摘みながらこちらに見向きもせず喋りかけてきた大河。
梅干し??思わずご飯の上に乗せていた梅干しに目が行く。梅干しに同校って何??
散々、はてなマークを放出させた上でようやく気付く。自分の“一星”の事だと。

「お、俺だけロシアから選抜されたからね。そういう水月君は同校の人は?」

昨日のグラタンと言い、梅干しと言いこいつの脳味噌どうなってんだろ、と案じてしまいたくなる。一星の質問返しに「……いないっていうと嘘にはなるけど」と顳顬を抑える大河。

「いない」
「そ、そうなんだ……」

その前置き何の意味があったの????
一星は思わず前へ崩れ倒れそうになる。そして同時に確信した。
“昨日のあの妙な迫力は自分の思い込みだ。自分の目的遂行に邪魔にはならない”と。
気づかず緩んでいた頬を大河が横目で見ていたことにも気づかず、一星は任務成功の未来はそう遠くないと確信するのだった。

(ふぅん。こいつが、星の子ってわけか)

大河が己の素性をかなりの所まで知っている事を知らずに。




「大河君…本当に練習にで、出ないんだね……」

選手達がそれぞれウォーミングアップを行なっている中。
大河だけ簡易ベンチに座り、死んだ表情で皆の練習を見つめていた。

「……出ないって言ったじゃん?」
「そ、そうだけど。ハッタリとかじゃなかったんだなぁって……」

つくしはスポーツドリンクを作りながらお茶を濁す。
隣で杏奈が、“どうして話しかけたんですか”とばかりに不安じみた瞳を向けていた。
“触らぬ神に祟りなし”という言葉が痛いほど今は分かる。つくしはそっと肩を竦めるのみ。

「練習しようって気になれないんだよな、あの生温い集団と」

ファスナーにイヤホンが絡まり、試行錯誤していた大河がポツンと言葉を落とした。
つくしと杏奈は思わず顔を見合わせる。パチリ、と瞬きしながら首を捻ったつくし。

「…生温い?皆さんが……?」

反芻させてみてもイマイチ理解が出来ない彼の一言に、思わずスポーツドリンクを作る手が止まっている。杏奈もピンとこない表情で眉を寄せた。

「……空調は効いてると思うんですが…」

杏奈の控えめな発言に大河が「……えっ」と呆けたような顔つきで杏奈を凝視した。
ふと先刻まで表情筋が死んでいた筈の彼が驚愕している事に、杏奈が驚き慄いてしまう。

「……な、なんですか……?」
「……いや、別に」

心の中で(うっわ、こいつ天然だった)と大河は驚駭しながら杏奈に「あのさ」と振り返る。

「イヤホン、これ取れる?」
「……え、あ、はい。多分」

杏奈は突然、大河に手作業を頼まれ思わず背筋がピンッと固まった。
ギクシャク近づきイヤホンとファスナーを解かせていく杏奈。
そのイヤホンの縺れ具合に杏奈はふと、気付く。『もしかして彼、不器用かも知れない』と。
思いもよらぬ発見に少し笑いそうになった時。

「あ、杏奈ちゃんそれじゃあますます絡まってる!!」
「えっ、あれっ…!?」

ますますファスナーとイヤホンの絡ませてしまい慌てて笑みを引っ込める杏奈だった。

「あいつ、練習サボってるとかどういう了見だよ、ふざけんじゃねぇ!!」
「ヒ、ヒロトってば。とりあえず落ち着こう」

ボールを足でトラップしていたヒロトが、舌打ち混じりに思い切り睨んでいた事を大河は数秒後に知り得る事になる。


「おい!ニート!!」

突然マネージャーと大河の元へかなり激しい回転ボールが弧を描いて飛んでくる。
蹴り主は言わずもがな、ヒロト。怨念を隠そうともせず大河を直撃しようと計算した上の攻撃だった。
大河は呆気に取られつつもヒョイと体を逸らしてそのボールを避ける。
行き場をなくしたボールは壁に跳ね返り、勢いを失った。

「っ、避けんじゃねぇよ、バーカ!!」

普通避けるかよクソ野郎、など悪態を吐きながらフィールドを苛立ちで蹴り上げるヒロト。
大河は「うわ、八つ当たり」と顧みずにヒロトを煽るだけ。

「ヒロト!!人に向けてボールを蹴るだなんて何やってんだ!!」

保護者……否、タツヤが彼の肩を掴んで禁めようとするもののヒロトの眼中にはない。

「タツヤは黙ってろ!!……おい、水月。テメェ、このゴットスト「…ニートって誰だよ」…遮んじゃねぇ!!」

狙ったわけではないが偶々大河の無自覚な呟きにより、得意台詞を奪われる。
殺意全開のヒロトの逆撫しかしない大河に近くにいた皆が冷や冷やするばかり。

「お前1年なんだよな?丁寧語ぐらい使えねぇのかっていう!!」
「神様なんだからそこら辺寛大な目で見てくださいって」

心が狭い神様だな、と鼻で笑った大河にぶち切れるヒロト。
その脇で「それ、俺の事も言ってんのか」と灰崎が髪をガシガシ掻きむしりながら言及した。

皆、それぞれが練習に励んでおり、大河達以外のメンバーは其々各場所でグループなり、個人なりで練習に勤しんでいた。大河は小さく溜息を吐きながら杏奈に解いてもらったイヤホンをポケットの中に仕舞う。

(……まだまだこのチームには協調性がねぇな。ま、即席だし無理なのかもな)

げんなり、と息を吐きながらヒロトが打ち付けたボールを取りに重い腰を上げた大河。
その中途で趙 金雲と子分の子文が廊下を悠然と歩いている姿を見掛ける。
滅多に動じないと自負している大河だが、子文に視線を移して狼狽した。

(待って、おい。子分の子文。マスク、マスク)

慌てて見回せば、幸い回廊に視線を向けているものはいない。
思いがけず、子分のマスクの素性を知ってしまい流石に開いた口が塞がらない。
戸惑いを隠せない大河が、思わずフィールドでつんのめった事を見た人は強制的に口止めされたという。
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