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世界への門

「つまり、……彼の過去を詮索するのならサッカーと紐付けて探っても無駄、という事か」

思案顔で呟く鬼道。何やら監督の今の言葉で得たものがあったらしい。
額の汗を乱雑に拭い捨てた彼の姿をゴーグルの隅に捉え、一息吐き出した。

その一方で大河とヒロトの一騎討ちは苛烈を極めながら、その激しさは褪せずに縺れ込む。

もうどちらが優勢か判らない。どちらかが奪い返しては奪われる。息が不規則に乱れる。
互いの汗が玉となり、滴り落ちた。


__________そして、軍配は唐突にやってくる。

(……悪ぃけど、俺、持久戦に持ち込まれるのは無理なんだよね)

何度目か、再び自分の足へと張り付いたボールを操りながら、大河は聳えるゴールへと視線を向ける。腹部が軽く疼く。そろそろ自分の体に肉体的限界が近づいている事を悟った。

(あーあ、ほんっっと、)


めんどくせー


フッ、と軽く笑いながら数十メートル先にいるヒロトへとボールを傾ける。
距離を詰めながら近づいてきたヒロトに、そのロングシュートは放たれた。

彼がこのロングシュートを止めなければ、彼の延長線上には_____無人のゴールポスト。

薄れていた緊張感が突如として観衆の身を締め付ける。
回転すらかかった彼のシュートは凄まじい速さでフィールドの芝さえ削りかけながら、勢力を失わない。ヒロトはその自分に向けられた球に胸の何処かで一抹の恐怖が生まれたのに気づく。


「______ 決着をつけようぜ、吉良」





(……ピアス開けたかの様にいてぇ…)

大河はヒロトへボールを弾き飛ばした直後、右耳を押さえ付けた。乾燥していた肌を放置していた仇だ。押さえ付けた指に微かに鮮血が付着している。ケホッ、と小さく咳をしてボールへと視線を移す。


一方飛んでくるボールを咄嗟に利き足でない左足で止めようとしたヒロトも、ヒロトだった。
当然、利き足でない足で止めようとしたってそう上手く力は出せない。ボールが掠めた所から激痛が広がる。

「………っ!!」

痛みに顔を顰めるのヒロト。そんなに距離は近くない。ロングであればある程シュートの威力は下がるものだ。正直ヒロトは大河のシュートを止められると思っていた。然し、彼のロングシュートは全く衰えていなかった。威力に押され、ヒロトの体が大きく揺らぐ。大河は一瞬のうちに背中に鳥肌が立ったのを他人事の様に感じる。

(このままだと全身強打……選手として害が出る)

「ヒロト!!!!」

タツヤがとうとうフィールドへと足を踏み入れた。普段の彼なら聞かない様な大声に周囲が騒めく。
誰もが大河と同じ事を思ったのだろう。固唾を呑んで見守る中、「っ……!ギブ」と一声。
ヒロトが寸前の所でなんとか踏み止まっていた。額には大粒の汗が光り、ユニフォームは短時間で煤けている。

「……っ、水月。悪ィ」

顔を歪ませながら洗い息を吐くヒロト。そんな彼に大河は疲れた様に目を伏せて首を振った。
ドッ、と両者疲れが出たのかフィールドに何方とも無く、突っ伏す。駆け寄ったタツヤがヒロトと大河の間で視線を揺らしていた。

「……今のシュートを止められたら、俺が辞めなくちゃいけなかったから。
初戦までに治してくださいよ、俺が怒られる」

「はんっ、持ち掛けたのは俺なんだから。そんなカッコ悪りぃ男じゃねぇよ俺は」

ヒロトの返答に少し笑いながら、再び強く右耳を摘む大河。乾燥でできた擦り傷に加え、彼のボールが耳に掠った際に出血した傷が酷く生々しい。

この一騎討ち以来、ヒロトは少し大河に優しくなった。勿論彼の言葉遣いや態度は変わらない。
だけど実力を知った為か大河を見る目が優しくなったヒロトがどこかにいた。
大河は耳を怪我した事を一切進言しなく、マネージャーが怒声を轟かせる事になる。

然し、場を乱す様な発言を乱発する彼の惰弱さ。灰崎、西蔭が抱いた既視感。
そして一星との捻れた関係。まだまだ彼の謎は深い。
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