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世界への門

「ヒロトが……ギブ!?」

空気が激しく揺らぐ。目には見えない微量の組成が一斉に何かに変わり果てたかの様に。
ありきたりな言葉で今の現状を綴るならば『空気が一変した』が妥当ではないだろうか。

「まさか、だってヒロトは日本屈指のエースストライカーなんだ。幾ら何でも……」

彼の実力を勝って知ったる者達が次々と言の葉を紡ぐ。
ジャージを脱ぎ捨てた大河はそんな声が聞こえないかのように足元に転がっていたボールを爪先で弄る。その余裕ある態度が皆の心に焦燥に近いものを宿した。

「御託ばっかりいいから。……来いよ」

大河に無造作にジャージを投げ飛ばされ、慌てて小文がホイッスルを鳴らすのと彼のジャージをキャッチするのはほぼ同タイミング。ボールが芝を擦り取る音がグラウンドに静かに響く。

「おっ、らぁっ……!!」

試合開始早々、ヒロトは猛然と正面からチャージを掛けた。
簡単には避けれないスライディングタックルを放つ。やや荒削りのその彼の姿は一部の者にチームメイトとの連携プレーを知らぬFFのヒロトと重なって見えた。

打つかる。誰もがそう思った刹那、遽には信じ難い光景が起こる。

一瞬、芝生に強く踏み込んだかのように見えた瞬間、ヒロトの上空を大河が生んだ影が過る。
彼がヒロト自身を飛び越えた。それもボール持ちで。並大抵の人が出来る身のこなしではなかった。

「「なっ……!!」」

誰かの息を呑む音が所々から響く。軽やかすぎる動きで突破してしまった大河は未だ体勢が整えられていないヒロトへと見返った。そして薄い唇にはこれまた酷いほど似合う薄い笑み。

「ほら、俺の事離脱させたいんでしょ?もっと頑張りなよ」
「………上等だなぁ、水月ぃ……!!!」

奥歯をきつく噛みしめながらヒロトは荒々しく立ち上がる。
その瞳は完全に憎悪に近い感情が燻っていた。

( ____ 水月 大河。吉良 ヒロトがどう出るか計算づくした上でのプレー。
動作に余裕さえ感じられるのは気の所為だろうか。それとも)

目まぐるしい急展開を遂げる眼前の一騎打ちを静観していた鬼道は、ゴーグルの下で鋭く紅目を光らせる。彼の視線に映るのは只管、謎のヴェールに包まれた依然として経歴不詳の彼。

(直感だが実力は ____ 水月の方が何枚も上手なんじゃないか?)

天性たる分析力と培われた観察眼から導かれた勘考に、鬼道は少し自分の腕が震えているのに気付いてしまった。



(……やっぱりな、こいつさっきから目線でボール追ってるのバレバレ)

おそらく周囲には、彼の動きが超人じみて見えるのだろう。
もしかしたらヒロトの手を完全に読んでる、と捉える人も中には居る筈だ。

多くのサッカープレーヤーはボールを所持している際、足元ばかりを見る。
自分が持っているボールを奪われない為に。ボールだけに全神経を向けている。

しかし、大河の神経はその数段先に向けられていた。
“ボール”と“対峙している者”吉良ヒロト、2つに。
それはそう『視よう』と意識して成し遂げるのは中々難しい。
ある意味、無我で。またの意味、器量で彼は『視て』いるのだ。

(……さて、どう来る?吉良ヒロト)

彼がどう自分に突撃するのか、と後方を振り返った刹那 _______ 。

大河の背後で土煙と一陣の風が舞い上がった。

「……!!?」
「そのすかし顔もお別れだなぁ、水月ぃ!!」

ガッ、と意外にも力強い力でボールが掠め取られる。
大河が顔を軽く顰めるのと、ヒロトが鼻を鳴らしたのは同タイミングだった。

「ミニゲームだと、思ってたけどよぉ……『必殺技』使わせてもらうぜ!」

考える暇を与えずにヒロトは蒼穹へとボールを蹴り上げた。次いで、ヒロト自身も宙へ舞ったのを目視してそのフォームが彼の十八番が発動する事を領る。

“先にシュートを決めた方が勝ち”

そのルールがこの場にいる一同の脳裏に鮮烈に蘇る。

空中で“ザ・エクスプロージョン”、その名の通り、激しい爆発が炸裂した。
真下にいるであろう大河がどんな面をしているか、とヒロトは気になって空下へ視線を移す。
しかし、立ち込める煙の所為か、彼の悔し顔は見られない。

「……ばか、な……」「おっ、おい、いくらなんでも無茶じゃ」「うっっわ人外」

シュートがしっかりゴールへ軌道を描いて向かったのを見てフィールドに着地したヒロトは観衆の騒ぎ声に気づく。自分が予想していた反応ではない。そう思いながら再び視界に宿したボールの軌道にあるまじき人影が映り込んだ。


「_____監督、彼の様な人材を、一体どこで見つけたのですか?」

風丸が感服したかの様に髪をかきあげながら監督を振り仰いだのと、ヒロトからあまりにも抜けた声が溢れでたのはこれまた同タイミング。


「……代謝異常で死ぬかもしんねーな、………これ……はぁぁぁあ、ほんと疲れた」


__________肩で息をしながら、軽く咳き込む大河の姿。

自陣からほぼ反対方向、およそ100メートル。その距離を10秒ちょっとで疾走したというのか。


「それは幾ら何でも企業秘密ですねぇ、すいませぇん」

あくまでも戯けて笑う監督。互いの人差し指を交差させながら“×”の形を象った。
そして度々見せるあの奇妙頂礼の高笑いをかます。

「まぁ、強いて言うならぁ……貴方方あなたがたが到底想像がつかない所……でしょうねぇ」
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