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世界への門

空気の入れ換えをしていないのか、グラウンド場は何処はかとなく重苦しかった。
そんな空間の中央に2人の少年が対峙する。人工芝を踏みしめながら。

「朝イチでマジかよ……」「何々、何があったの」「幾らなんでも手ぇ、はやすぎ」

ガヤガヤとギャラリーが増え始める中、ヒロトは倉庫から取り出したサッカーボールをセンタースポットに無造作に転がした。
それをかったるそうに見詰める大河の服装、というと。ジャージに長ズボン。
……そう、ユニフォームに脱ごうとしなかった。

(ジャージなんかで勝負しよって言うのか。見くびられたもんだぜ)

「それぞれが反対側のゴールに点をどちらが早く入れるか、ですか。
コート丸々使うとなると結構長丁場になりそうですね」

審判に任命されてしまった子文はお面を器用に回しながらすっかり実況モード。
……案外、向いているかも知れない。

「いいか、ニート。俺が勝ったら言った通り、お前には抜けてもらうからな」
「……ふーん?勝つ気前提なんだ。負け犬はよく吠える事」

クルクル足首を回し、準備体操もどきをしていた大河がふとヒロトに視線を向けた。
刺激を与え彼の色調をいつになく煽った大河の表情はいつもと差し引いて変わりはない。
しかし、鼻で彼を蔑ろに扱った大河のその慈悲の欠片さえない笑顔は酷く恐ろしかった。


それはまるで計算されたかの様な。


騒ぎに乗じて一連のやり取りを聞いていた一同は彼等の一触即発状態に眉を寄せていた。
しかし、その中で数名大河の笑顔にハッと息を呑んだ者がいた。彼等は顕著に反応する。

(………あの、邪鬼の様な顔。見た事、ある)
(水月はFF未参戦の選手だ、何故俺が狼狽する……?)

_______ 灰崎と西蔭が大袈裟な程までに彼の笑みに反応を示した。
見開かれた瞳孔に映るのは、ヒロトを辛辣と思うほどまでに風刺する大河の姿。
唐突に本能が抱き始めた既視感に2人は顔を顰める。
それは泥沼の様に彼等の思索をじわじわと蝕み始めるのだった。



「 _____ でもさ。考えてみたらこの勝負、俺は勝った所で何もメリットは“ない”よね」

まるで今思い出したかのように呟く青年は前髪を掻き上げながら、彼に視線を向けた。
ヒロトが勝ったら『水月大河は代表辞退』。大河が勝てば『離脱免除』。
大河の代表生命が掛かった賭けであるというのに彼はなんと利点を求めてきたのだ。

「はぁ?何言ってやがる」

眉をぴくりとヒロトが動かせば、肩を竦めて大河がワザと耳障りな口調で彼に畳み掛ける。

「賭けを持ち掛けたのはそっちだよね。俺にメリットが無いとおかしくない?」
「癪に触る猫撫で声出すんじゃねぇ!!」

ムキになるヒロトの態度が見たかったのか、愉悦に口元を綻ばせた彼の目は。
輝きを無くした硝子玉がそこに嵌め込まれているかのような、胃の底から震悕する程空っぽだった。

眉毛より長く伸びた若干癖がついた前髪に隠され、一部の者は目視できなかったけれども。
まるでその表情だけで皆を風靡するかのような、惑わせるかの様な。それでいて愚弄するかの様な。
何処までも妖美なその表情にヒロトの怒声がプツン、と切れた。

「ま、いいか。じゃあ見返りはまた考えとくから」

その口振りから滲み出るこの一騎討ちの余裕が溢れ出した面構え。
それは集団の前で己の勝ちを明言した、と捉えても良いだろう。
周囲はただ只管どう転ぶかすら見通せない展開に息を殺す。

(公開プレーは想定外なんだけど。てか、栗金団あいついるのになんで介入しねぇんだ)

フィールドの隅でニタニタと笑い続けている泥鰌男に、脱力するのを感じながら目を逸らす。
ほんと人使いが雑で適当な野郎だ、と悪態すら吐きながら大河は「あー」と意味ありげに顔を上げる。


「______ 俺、予言しよっか。『この試合、吉良がギブ』するよ」


そう言って屈託無い笑みを浮かべた大河。一縷の生温い風がヒロトの頬を不吉に凪いでゆく。
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