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失われた最終兵器

「あいつのラフプレーに散々やられたお陰で、体が条件反射で敵のラフプレーを躱したんだ」
「まさかアレがこの試合で役に立つとは……」

キャンプ開始から今日までの訓練メニューに、ラフプレー対策としてのメニューは適用されていなかった。己が知らないところで敵の猛攻を“回避”出来るスキルが付いたとするならば。
監督に理不尽ながらも使いに出され、5人を精神的にも肉体的にも打ちのめした少年と邂逅したあの夜以外心当たりは無い。

あんな無茶苦茶な彼との対戦で身に付いた後天的反射に一同は驚きを隠せずにいた。
いつの間にか、あの夜の5人がボールを囲うように走り合う。今の明日人と氷浦の会話を聞いていたのだろう。皆が次々に納得の意を示した。

「彼との戦いのお陰で俺達には、ラフプレーに対応する力が付いたってことか!」
「ほぉ〜、面白ぇ…!」

遽には信じ難い話ではあるが、このチャンスを利用しない手は無い。
韓国の獰猛なラフプレーに苦戦を強いられ、先制点を打たれた今の日本にとってこれ以上使える作戦はないだろう。皆、少しも疑わず、あの一件をチャンスへと転じさせる。

「だとしたらあの時の5人で防衛ラインを作れば……!_________ あれ、待てよ?」

見えてきた打開策に嬉々として提案しかけていた氷浦の台詞が一瞬途絶える。
皆、思わず瞬きをした黙り込んでしまった氷浦に視線が集まった。

「……あの時、気づかなかったけれど水月っていつ抜けたっけ?」
「……あれっ?」「えっ」「……あ」「水月だと?」

皆の視線が自然とベンチ席に揺らぐ。氷浦に指摘されるまで全く持って気づいてすらいなかった一同は、本当にいつ彼が抜けたのか理解していない様子だった。

まるで自分に視線が向けられる事を予期していたのか大河は口に手を添え、やる気ゼロの声援を掛ける。

「狐に化かされたような顔してんぞ、パシリ組。アジト、ボール取られっぞーー」


____________ 思い切りだらしない惚けた声援がLIVE中継で、各国の液晶テレビに。
一部のカメラでは背景にベンチさえ映り込んでしまう。言うまでも無く、彼の姿も映る訳で。


今、日本代表選手、殆どの心の声が完全一致した。
あるものは顳顬に手を翳しさえしながら溜息を。
あるものは呪詛の様に心の声を共鳴させながら。
あるものは思い切り元凶を睨み上げながら。

今のシーン、絶対にオンエアしないでください。



付け焼き刃、と称する程の打開策ではあるものの方針を固めた彼等は、元来定められていたポジショニングから前線へと大きく上がっていく。
迎え撃ちに来た相手チームのディフェンスを悉くテクニックで捻じ伏せ始めた。
ラフプレーに対抗出来ずに、やや焦りが見られていた日本代表にとっては天の助け、と記しても過言では無いだろう。鬼道と豪炎寺が何かを察したかの様に彼等の後を追いかけ始めた。

『おおっと!?日本、韓国の激しい当たりを次々と躱していく!!
まるで闘牛士が猛牛を弄んでいるようだぁ!!』

「……所詮、人間に牛が勝るわけがねーしな」

小癪な笑みを浮かべながら大河は実況のコメントに補足するかの様に呟く。
彼の悪役じみたその顔は酷く人を魅了する。顔だけは端正で整っている彼の笑みは蠱惑さえ漂わせる。その笑顔はペクと、近くで息を潜めている伏兵に向けられていた。

先程までは日本のペースを良い感じに砕けていた筈のラフプレーが途端に暖簾に腕押し状態になった事に、猛牛等は納得出来ぬ表情を隠す事なく、忌々しげに遠ざかっていくボールを追う。

「……行ける!!」

____________そして遂に刻が動く。ムードは日本、反撃の瞬間が遂に訪れた!
そう確信した氷浦は図ったかのように後方にいた鬼道へとボールを繋ぐ。
豪炎寺が鬼道の背後に回り込んで韓国陣に聳えるゴールポストに視線を揺らがせる。

「豪炎寺、新たなタクティクスを使うぞ!!」
「____ ああ!!」

褐色の肌が太陽に勇ましく輝き、その勇姿が煌びやかに照らされる。
力強く肯いた豪炎寺は、マントを翻しながら皆に一斉に指示を送り始めた鬼道と共に豪担に逆襲の一歩を踏み出した。



相手の陣形に綻びが生じた隙に、一気に攻め込む日本代表。
その指揮を取るのは、ゲームメーカーとして圧倒的他者より群を抜く鬼道 有人。
彼のキャッチコピーは冷静かつ的確な試合分析力から生まれでた産物に過ぎない。

「みんなーーっ!!反撃だっ!!」
「「「おうっ!!/はいっ!!」」」

「これが日本か……」

一斉に攻め込んで来た日本代表を茫洋と見つめ、これまたぼんやりとペクが独りごちる。
つい先刻、垣間見たあの濁流に流されたかの様な自我を喪った目にそれは良く似ていた。
棒立ち状態の彼をキャプテンのソクが叱咤、という形で促す。その言葉で自陣側が劣勢を強いられて居る事を悟ったペクは同じような表情で瞬きをするのみだった。ペクの足は暫し、動かなかったのだった。

それを他所に敵陣地に猛然と切り込んだ鬼道がタクティクスを発動させた。
先程の鬼道の言葉通り、このタクティクスは初めて施行された日本代表 新タクティクス。

必殺タクティクス…… “柔と剛”ッ!!

______ 語源は『柔よく剛を制す』。
しなやかで柔らかいものが強く硬いものを制すること。弱い者が強い者を打ち負かす事。
柔道用語でもあり、下克上などの意味に近いとされている。

3人の選手が緩いパス回しで相手のDFを引きつけ、後ろから1人の選手が鋭いロングシュートを放ち、一気にボールを前線へ送り出す、奇襲タクティクスでもある。

鬼道、タツヤ、明日人と紡がれたボールは大きく弧を描き、灰崎へ。
悪童の様な笑みを浮かべた灰崎が鋭いロングシュートを放てば前線へと走り込んでいた豪炎寺へと繋がった。

(よし……道は見えた!いよいよ、この時が来た……!!)

この後、男によって今の日本のサッカーを覆す様なシュートがフィールドで炸裂する迄。
誰しもが固唾を呑んで試合展開を見守る事となる。
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