世界への門
「よぉ、ニート」
朝。寝起きの眼では宿舎の蛍光灯でさえ眩しく感じられる。
目を瞬かせながら肩からずり落ちかけたジャージを引っ張り上げていた大河に1つの影。
脳がまだ覚醒しない最中でも解る。この声は__________ ヒロトだ。
「なんで俺、ニート公認されてんの?俺一応学業まっとうしてるけど」
「はいはい、屁理屈屁理屈」
ニートファッション、ならまぁ解るけどニート呼ばわりは解せない。
流石に眉を寄せながら言い返したものの当てにもされなかった。
「昨日はどーも?礼儀すら弁えてない奴には寛大な目で見る必要はねぇって分かったよ」
如何やら御立腹の様で。大河は厄介事に発展しまった事に脱力しかける。朝っぱらからやめてほしいのがぶっちゃけた本音だった。
己をゴッドストライカーだの豪語する辺り、ヒロトが相当なサッカーテクを持っているのは否定しない。その点に関しては何を別に言わない。言わない、けれど。
「悪ぃけど俺らは決して娯楽でサッカーをやってるんじゃねぇ。
規律を乱すかのような言動を取るお前は俺らの妨げになってるのは莫迦でも分かっだろ?」
(……気に入らねぇ奴は排除精神な訳な、こいつ。勿体無い瑕疵)
何となく話の趣旨を汲み取り、幾多の感情を混濁した溜息が漏れた。
予想していない訳では無かったが予想以上に目の敵にされているらしい。言動の端々に刺が刺さっている。
「俺は別にあんたらの邪魔してる訳じゃないけど……」
視線を逸せながらそう言えばヒロトの眉が僅かにびくついた。
その言葉は決して嘘では無い。かと言って大河の言動は他人の神経逆撫でする事ばかりだ。
非の打ち所がないわけではない。どちらかと言えば今、非があるのは大河の方でもある。
「1度だけチャンスをやるよ、水月。俺と真向勝負しようぜ」
突然の宣戦布告。大河は急速に脳が覚醒していくのを客観的に捉えた。
またとないチャンスが今、現れたのだ。此れを逃さない手はない。
かったるしそうに髪を掻き上げながら大河は応答する。
「1500円からその勝負、受けてもいいよ」
「此処は競りじゃねぇよ、半魚人」
❀
「……ったく、綺羅綺羅星。俺は入金作動システムなんだっての」
「お前さては名前真面目に呼ぶ気ねぇだろ、リラックマ」
次々と大胆かつ斬新かつ意味の分からない名前が大河から唱えられていく。
クラリオから始まった犠牲者は留まることを知らない。
大河の首根っこを怒りの限界故に摘み上げてヒロトが、蒸気を撒き散らし大河に反発する。
大河、ニートからリラックマにランクアップの瞬間。
「お前みたいな性根が腐り切ったやつがリラックマなんかのモデルだったら餓鬼供泣き出すだろーがな」
「俺をピックアップした奴に恨め」
______________ 彼等は一体、どんな結論を編み出すべく議論しているのだろうか。
大量のタオルを抱え、廊下をペタペタ歩いていたつくしと杏奈はその愕然振りを隠せない。
『意味が判らない』に尽きる話題を掲げながら、ヒロトに引き摺られる大河………
異端を超えてもはや何かの脅威に近い。
「杏奈ちゃん、あれどう思う?私はものすごっっくヤバい気がする」
「……右に同じです」
ほらみろ。
特に杏奈の引きっぷりは凄まじい。今すぐタオルを放り出しそうな勢いだ。
しかし、幾ら何でも見過ごすわけにはいかない。決して戯れているようには見えない故。
なんとか制裁をかけようと2人が、駆け寄ろうとした時に大河がクルリと振り返った。
機械仕掛け人形が突如、作動したかのような全身が粟立つ恐怖を2人は覚える。
大河の首を摘まれている状態で振り返る行為はもはや自殺行為だった。
足を竦ませて硬直した2人の恐怖を知って知らずか、大河は稀な事に笑顔を見せた。
その余裕そうな顔付きと、やけに整った顔立ちが雰囲気を上乗せする。
「マネージャー、大丈夫。売られた喧嘩は買わない、とね」
本心か演技か_________。珍しく柄でも無い台詞を大河が吐いた直後。
「い''っ''で''ぇ''!!」と惨憺な悲鳴が上がる。言わずもがな。
思い切り大河が首を寝違えかけた刹那、マネージャー2人はしっかりと目撃してしまった訳だった。