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失われた最終兵器

「なんだ、こいつら……?何故俺達の当りを避けられる!」
「……妙だな」
「まるで此方の動きが読まれているようだ……」

異変に気付いた韓国側。仕掛けた獰猛なラフプレーを先読みされ、躱される。
弄ばれているかの様な感覚にペクは苛立ち混じりに唸りを上げた。ペクに追従しているイとパクもその日本の動きに不可思議だと述べる。

その一方でどうして韓国の動きを察知し回避出来たのか、回想していた明日人はふとある一件を想起させた。翡翠色の瞳に納得の光が灯る。

「あっ、もしかして……!!」
「まさか、あれが……!?」

この数十秒もの間で思い出した明日人の頭の柔軟さは流石と言えよう。
明日人が閃いた直後に隣で並走していた氷浦もまでが心当たりを過去の記憶から引き摺り出した。双方、確信を持った訳ではないが敵の攻撃を避けられる様になったのはきっとあの一件だと見当をつける。

2人は同時に数日前、使い走りに出された日。星が瞬き、虫が仄かに鳴き声を上げていたあの夜の一件を思い起こした。



皆、微動すら出来なかった。下手したら呼吸すら忘れかけていたあの刹那。
無敵ヶ原富士丸と自称するその少年は、大河が得手勝手に去った後、次々と猛攻を仕掛け始める。圧倒されて直ぐに動き出せない人も居た。この急展開に誰もがついていけていない現状である。

いのいちばんに彼のラフプレーを食らったのは氷浦だった。
斜め上に飛んで行ったボールを避けた直後に意図的なスライディングを食らった氷浦は、受け身もロクに取れずに芝生に顔を打ち付ける。
ボールを奪おうとヘディングの機会を窺っていた明日人は思い切り背中に体当たりされる。
灰崎も、不動もタツヤでさえもガラ空き状態だった背中に体重をかけられ、その場に雪崩れ込んだ。

息をする度、食らった痛みが増していく一方だった。
狡賢い手法で次々とラフプレーを仕掛ける彼を止める術も対処も知らず、痛めつけられていく。



「ちゃんとサッカーで勝負しろっ!!」

無敵ヶ原富士丸の躊躇わないラフプレーにとうとう明日人が抗議の声を上げる。
そんな彼に「おいおい」と両手を突き出しながら富士丸はちゃらけた笑顔を浮かべた。

「5 VS 1 なんだからさぁ、少しくらいはいいでしょ」

その軽い口振りには軽い皮肉と嘲りが含まれていた。
ラフプレーを辞める気はサラサラ無いらしく、話が通じない富士丸に明日人は奥歯を噛み締める。明日人の背後で倒されていた氷浦が微かに呻き、立ち上がりながら一声上げた。

「……確かに、ラフプレーを差し引いても1人で俺達5人と渡り合っているのは尋常じゃない」
「ああ、コイツの実力は本物だ」

氷浦に続いてタツヤが孔雀色の双眸を歪めながらそう評価した。苦虫を潰したかの様な表情で富士丸を見据えている。
仮にも日の丸を背負う代表5人で向かって行っても一蹴するこの力は並大抵じゃない。
富士丸はニッ、と悪質な笑みを浮かべ神妙になっていた空気を即座に打ち壊す。

「まだまだだよ。言っただろ?“再起不能”にするって」

彼の『再起不能』は彼等の『選手生命の剥奪』を意味しているのか。
それとも『人体の再起不能』を指しているのか_______________。

強情めいたその台詞に再びピリついた不穏な空気が流れる。
何方にせよ、心身穏やかでいられる状況じゃないのだ。彼は意図的に彼等を潰そうとしている。

その後も、足元を狙った獰猛なプレーは続き5人は息絶え絶えに芝生に手足をつけるのだった。

「なんだ、こいつは……」

その台詞はその場にいた全員の心情を表していた。
圧倒的有利だというのに埒すらあかないこの現状に納得が到底出来ない。
何故、こんなサッカーテクを持つ少年が己らを潰そうとばかりに待ち構えていた事も。



「さぁて」

蹲り、肩で息をする5人を無下に見下ろした富士丸は彼等を見下ろしてトドメとばかりに一声上げる。その掌握しきった勝ち誇ったかの様な表情を仰ぎ、反発出来る余裕すら今の彼等にはもう残っていなかった。

その時。「みなさ~ん!!」と暗がりの方から気抜けした聴き馴染みのある声が降りかかる。
その声は再起不能にされかけていた5人を窮地の窮地で迎えに来たパシリに走らせた大要因。
ふくよかな体格が暗がりから姿を現した。憎たらしいぐらい満面の笑みで。

「あ?……邪魔が入ったか」

ちらり、と金雲の方を一瞥した富士丸は然程動揺する事も無く、脱兎の如く船乗り場へと走り出した。残念そうな、この展開を予想していたかのような態度に気づいた者は居ただろうか。

「今日はこの辺で勘弁してやる。命拾いしたな!!」

“再び姿を現す”事と“今度こそ再起不能にまで追い込む”。
不吉な意思表示を去り間際に残し、富士丸は水面上に突き出た木の杭を渡って消えていった。

茫然と富士丸が消えていった闇を見つめながら呼吸をする皆に、金雲が容体を気にかける様な態度を取ったのは直ぐ後の事だった。



(栗きんとん、あいつバケモンかよ。あの5人が湖畔の一件を想起した後に活用するって事を予測済みな訳)

大河は常軌を卓越した金雲の戦略法に思わず舌を巻く。とんでもない知能犯だ。
そして漸くあのパシリ組に当てたメンバーの法則性に気づく。

“今回戦でスタメンである事”という事に。

(1人でも気付きさえすれば、みんなで前線で防衛線を張れば反撃可能って訳ね)

飄々として食えねぇ栗きんとんだな、と大河は金雲に対する評価を改め直す。
何も考えていないようで、実はかなりの思索家なようだ。

(……さて、どうなっかな)
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