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失われた最終兵器

“調整を開始せよ”

気の抜けたような電子音がペクのバンドから鳴り響いた。
無機質なメッセージを受諾し、彼は腕を重力に従って下ろす。
再び顔を上げたペクの表情は打って変わり、闘争心が何処か消えたように受け止められた。
ギラギラと輝いていた高麗納戸色の瞳は濁り、目付きが妙に鋭利なものになる。

(……始めるか)

ミリ単位のペクの変動にフィールドにいた誰もが気付く事も無く円堂のゴールキックで試合再開。

力強く蹴り上げられたボールが正確な軌道を描き、送球を受けようと動いていた明日人の元へ落下しようとしていた、その時。ガラ空きの背中を押し倒す様にペクが明日人に突っ込んできた。「うおぉぉっ!?」と明日人が予想だにしない背後からの攻撃を受け、蹌踉めいた。
なんとか彼が両足で踏み止まり振り返った時には、ボールはペクに奪い攫われていた直後。

「稲森!!」

鬼道が鋭い声を上げて明日人へと駆け寄る中、ペクは労わる事も詫びる事もせずにとっとと突き進んでいってしまう。いきなり仕掛けてきたペクをなんとか食い止めようと万作と風丸、2人がかりでディフェンスに入るものの。ペクの後方にいたイ、パク・ジウォンに強烈なタックルをそれぞれ食らい、フィールドに叩きつけられた。受け身を取れずに倒れ込んだ鈍い音がフィールドに響き渡る。

「くそっ……!」
「っ……!」

すぐに立ち上がり再び両者は追うが、フィールドに体を痛めつけられたダメージが少なからず走りに影響を及ぼす。

「仕掛けてきたみたいだね……!」

状況をはやくも察した吹雪が言葉少なめに呟いた背後に、イのタックルが命中した。
足元から崩れ落ちる吹雪を越え、ドンドンボールは日本ゴールへと近づいていく。

瞭然な韓国のプレー変化に日本は反応する事すら出来ない。



「なんだ、あいつらは……!!」
「ラフプレーで相手の冷静さを欠かせる。それが韓国のプレーだ」

灰崎が不快感を隠す事なく吐露すれば、豪炎寺がボールを追いかけながら相槌を打つ。
慌てて陣形を立て直すものの韓国の豹変ぶりに体が未だ対応していない。

「ラフプレーが戦略ですか!?」

珍しく声を荒げながら豪炎寺の言葉に突っかかる基山に応えたのは鬼道。

「……だが、確かな実力は持っている」

一定以上の力量を持ち合わせていなければ反則ギリギリのプレー等出来やしない。
ただ顧みずに突っかかりに行く者は素人と言っても良いが、困った事にラフプレーを仕掛ける者の実力は折り紙付きだ。そう簡単には回避できる筈もない。

「みんな落ち着くんだ!!」

円堂が激励叱咤したのとペクが上空へボールを大きく蹴り上げたのはほぼ同タイミング。
左足でフィールドを何度も何度も擦り上げ、闘牛並みの速度でゴールへと突っ込みにきた。
ペクが通った後のフィールドは強く抉れ、土埃が微かに舞い上がる。
レッドブレイクに続く、もう1つの彼の必殺ヘディングシュート技・バイソンホーンだ。

「くぁぁぁっ!!」

旋風と雷風が円堂の両隣で強烈に巻き上がった。彼の唸り声と共に其れ等の威力はドンドン増幅していく。やがて激しい稲妻の閃光と突風が周辺を勢いよく揺らした。
閃光と突風のソレは凄い勢いで姿を変えていく。対になるかのように現れた二体の魔神。
円堂の身動きと共に魔神が日本のゴール前に立ちはだかる。

「風神雷神!!」

その時、異例の事態が起こった。
韓国チームのMF・パクがせせら笑いを浮かべながらゴール前にスライディングしたのだ。
身構えていた円堂はパクが起こしたスラインディングから立ち込める砂埃に視界を奪われる。

「なっ……なにっ…!?」



朦朦とした視野に円堂はただ立ち尽くすばかり。発動させた必殺技も時効だ。
辺りモヤ一体で策もない円堂は戸惑うほか術はない。
そんな無力状態の彼を嗤うかのようにモヤの向こうから鋭球が真っ向から突っ込んでくる。
円堂が慌てて体を仰反らせるのと同時に、ペクのバイソンホーンは日本シュートに吸い込まれていった。激しくゴールネットが揺れる。砂埃が収まり、ようやく視界が晴れた時にはホイッスルが高らかに鳴り響いていた。

「決まったーーっ!!先制点は韓国ーーーっ!!
日本のキーパー・円堂、韓国のシュートの前に一歩も動けなかった!!」

円堂が慌てて振り返れば勢いを無くしたボールがゴールネットの中で動きを止める。
微動だに出来なかった円堂に対する実況のコメントに灰崎が顔を激しく歪ませた。

「あいつら……汚ぇ真似を!!」
「あれはどう見てもキーパー妨害じゃないですか!!」

憤る灰崎と明日人。審判に抗議しに行きそうなぐらいの気迫で彼等が声を張り上げた。
日本側からしたら憤らない訳が無い。小汚い手を使われ自陣のゴールを割られるなど屈辱でしかならないのだから。

「……あの程度の妨害に円堂が惑わされるか」

ふと、拍手や声援が鳴り止まない中、鬼道が呟いた。灰崎、明日人、そして豪炎寺。
皆の視線が一斉に彼に向く。

「円堂が止められなかったのは妨害のせいじゃ無い」

その声音に揺らぎはない。鬼道が否定の声を上げる事に驚く間も無く豪炎寺が肯いた。

「敵のエースは只者じゃなさそうだな」

そんな豪炎寺の言葉が聞こえたのか、クックックと喉を鳴らして日本陣地に嘲笑を見せつけるペク。
平気な顔をしてラフプレーや違反スレスレの行為を連発する辺り、タダのサッカープレーヤーでは無いと鬼道達はそう踏んだ。


「円堂、大丈夫か?あいつら、あんな卑怯な真似を…!!」

茫然と立ち尽くす円堂のそばに駆け寄った風丸は、目を吊り上げながら韓国陣地を睨み上げる。風丸の瞳には仲間を危険な目に晒した怒りで燃えていた。そんな風丸に円堂が「……違う」とやや掠れ気味に断定の声を上げた。怪訝気に円堂を見つめる風丸。

「邪魔されたから止められなかったんじゃない。
……あの、シュートすげぇ……やっぱ、世界はすげぇ……!」

そう感嘆したようにも受け取れる円堂の呟きは、風丸以外に届くこともなく宙に溶けていった。


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