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失われた最終兵器

古くから日本は韓国と良くも悪くも“ライバル”として切磋琢磨してきた。
日韓戦は選手もサポーターも観客もいつも以上に勝ち負けに執念をかける。そんな傾向があった。
それはサッカーだけではなくスポーツ全体に言えることでもある。それプラス初試合、と言う事も相まってリアルタイムで視聴している人は少なくなかった。SNS上でも早々トレンド入りと波紋はネット上にも広がっている。

ブルーとレッドの対照的なユニフォームがフィールドに華やかに映える。
勇しく輝いた顔触れがフィールドに並ぶ中、つまらなそうに欠伸をする大河。
「椅子が固くて寝れねぇ」なんて常識を軌している。普通は寝る席ではない。

「……その名の通り、“赤い突撃獣”とも異名を持つ強力な突破力が売りのチームです!!」

韓国チーム“レッドバイソン”。まもなくキックオフが始まる最中、唯一フィールド入りしていない相手のエースストライカーの姿を寝ぼけ眼の瞳が捉え、大河の意識がふと現実に戻される。

(うわぁ……なんだよ、あのトラ柄のヘアバンド。だっっさ)

顔を顰めて、坂野上に「あれ、ダサくね?」と指差す大河。坂野上も坂野上で同情したげな面持ちを浮かべている。流石に日本ベンチからヘアバンド選手……ペク・シウと監督の会話は聞こえるはずはなく。諦めてキックオフを待つのみ。

ピロリンッ

調子外れた電子音が大河の左腕近くで鳴った。……イレブンバンド。
大河はさりげなく内容を表示しようとスイッチを押す。

“水月君、いつ頃出られそうですかねぇ?お返事待ってますぅ!”

(うわ、こいつ俺のこと出す気満々じゃん。だっりぃ……)

何故か語尾に小文字が付く送り主。少し面白おかしく笑いが込み上げる。
柄じゃないが語尾小文字を便乗したメッセージが転送完了になった瞬間。高らかにホイッスルが鳴った。試合開始、だ。

“刻印の使徒達が本気出してきたらぁ、出てもいいよぉ”

(これだけ見れば水月君お茶目なんですけどねぇ…)

趙 金雲は相入れない彼に含み笑いを溢すのみだった。





キックオフと同時に相手陣地に踏み出した日本。
ボールを持っていた明日人に先程、ヘアバンドがダサいと陰で嘲笑されたペクが真っ先に奪いに走り込んでくる。ペクの背番号は10。サッカーではその番号はエースストライカー。どうやら爽やかそうな顔立ちのキャプテンよりも実力があるらしい。いきなり、敵のエースストライカーと対峙した明日人だったが落ち着いて対処した。

「豪炎寺さん!」

しっかりと名前を呼びながらパスを送っていく。正確に受け止めた豪炎寺も間髪入れずに、更に前線にいた灰崎へとパスを繋いだ。なかなかいい滑り出しとパスワーク。
まだ結成してから日は浅いとはいえ、個人個人が実力に裏打ちされたメンバーだ。
自分の与えられたポジションで貢献できる様に、フィールド上でしっかりとボールを追っている。

ボールを持って切り込んでいく灰崎の先へは2人もの相手選手。雄叫びを上げる灰崎は2人諸共抜き去る事しか頭に無い。柔軟な足首と巧みなテクニック技術を駆使し、華麗に抜いていく。流石は星章学園サッカー部在時、その圧倒的実力から“フィールドの悪魔”と謳われた灰崎。FFIでも遺憾なくその実力は発揮されている。
ところが、その灰崎。抜き去った事がよほど嬉しかったのか。

「ばーーか!」

わざわざ振り返って煽る様な挑発じみた台詞を投げ捨てる。口の悪さも存分に発揮されている様だ。
その隙に、斜め横から切り込んできた韓国キャプテン・ソクがいとも簡単に灰崎の足にあったボールを抜き去っていった。その速さ、巧みさに日本ボールを守りきれなかった灰崎。動揺したのかその場で硬直してしまう。

「はやく追いかけろよ、あいつ鈍間?」
「悪魔さんもテメェには言われたくねぇだろうよ」

坂野上を挟んでの自称ゴッドストライカーと無気力少年の会話。
これを試合後に耳に入れた灰崎が烈火の如く憤慨するのをこの時の2人は微塵も思っていない。





見事灰崎を出し抜いたソクのパスが繋がり、段々と日本陣地に赤いユニフォームがチラつく。
防御する間も無く、ボールはあっという間に最前線にいたエースストライカー・ペクの元へと渡った。堂々と真正面から攻めに来たペクにこれ以上の侵入を拒もうと日本のDFが立ち上がる。サイドにじわじわと追い詰め、シュートを撃たせない戦略だ。風丸と万作が上手い連携で吹雪が担当するポジションへと追いやる。

タイミングを計った吹雪がフィールドを結氷させながらペクへと近づいていく。スルスル、と技で出来たスケートリンクを滑りながら吹雪が距離を縮める一方、氷に足を取られ動けないペク。氷上でグルッと回転し、天高く飛び上がりながら右足の踵でスケートリンクを勢い良く叩けば、凍てついた欠片が盛り上がりペクへ向かって大きな氷柱へと変わり果てる。

「アイスグランド!!」

高く宙に浮き上がったボールは氷柱が消えると共に、着地した吹雪の足元へ。ボールを奪われた事に気付いたペクが振り返った時には、自身から何メートルもボールは遠ざかっていた。

実況の言葉を借りるようだが、まさに一進一退。
前半も半分近く過ぎたものの試合開始と変わらない試合状況だった。



「……この程度が世界レベルだと?……ふっ、笑わせるな」

実況者のコメントが気に食わなかったのか、空港に設備されているTVに鼻を鳴らすのはスペイン代表選手、ベルガモ・レグルト。そんなに世界は甘くねぇよ、と不満げな顔持ちだ。
空港に設備されている大型液晶モニター。画面いっぱいにリアルタイムで日韓戦が流れていた。搭乗時間までの時間を潰しているらしい。しかし、痺れを切らしたベルガモは苛立ちが入り混じったような声音で同胞に話しかける。

「お前は日本と戦う為に特訓が必要だ、と言ったな。一体、奴等に何を見たというんだ。
……それに」

画面をただ静観し、何も言わないクラリオ・オーヴァンに畳み掛けるよう尋ねるベルガモ。

「お前が戦慄し称賛してきたミズツキとやらはベンチスタートだぞ?人違いじゃないのか。
それに、お前。ミズツキのプレーを見た、と言っていたがFFI本部によれば彼は1日遅れて代表に合流って」
「……ミズツキ タイガだ。間違いない。日付がズレてるのは何か意味があるのだろう」

頑として彼のおかしな情報記載に首を横に振るクラリオ。
溜息を吐いてベルガモは追求するのをやめ、液晶へと顔を戻した。
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