冬とミカンとあなた
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除菌ハンドソープで爪までしっかり洗って居間へ戻ると、エマがミカンを剥 いていた。
堅のことだから、自分でやると言い張りそうだと思ったが、エマは説得に成功したようだった。
うんうん。
善 きかな善 きかな。
さて。こちらも一仕事 だ。
再び万次郎の対角に座ると、にんまりとした笑みが向けられた。
「なーに、ニヤけてんの? ”総長“ の威厳 が台無 しだよ?」
からかったつもりだったが、失敗した。よけいに万次郎をニヤつかせただけだった。
「オレ今、総長じゃねえもん。今はユッキンの彼氏。カ・レ・シ♡」
うわぁ。砂糖が溶けるぞ。
馬鹿 につける薬はないと言うが、恋愛脳になっているマイキーにつける薬もないのだろう。
無視だ。
ミカンの小袋を手にして閉じた袋の頂点に爪をかける。
いつもだったら、歯で噛 んで開けるのだが、人にあげるものに口をつけるわけにはいかない。
何度か爪で引っ掻 いたら、ようやく小袋を開くことができたが、薄皮を裏返したら、案 の定 、果肉はばらばらになってしまった。
まあ、そうなるよね、と思いつつ、万次郎の口元にミカンを持っていく。
「こんなになっちゃったけど、食べれる?」
「ウン。へーき」
万次郎は実に口を寄せると、2度、3度と食 んで、きれいに果肉を食べた。
「あ、このミカン、甘い」
もぐもぐと口を動かしながら万次郎が言う。
「そうなの? 良かったね」
雪花が言うと、万次郎はふくれっ面 になった。
「なんだよ、それ。ひとごとみてぇに」
「ん〜? だって、マイキーが食べたミカンが甘くても、私のミカンも甘いとは限らないでしょ」
「んなことねぇだろ。同じ箱のミカンなんだから、ユッキンのミカンも甘いに決まってるだろ」
「そうかなぁ」
そんなことを言っているうちに、次の小袋も剥 けた。早くも慣 れたのだろうか。
「はい」
再び万次郎の口元にミカンを持っていく。
雪花は手の位置を動かさないように気をつけながら残りのミカンに目を向けた。これがあと8回続くのかと思うと、少々うんざりした。
この甘えん坊め。
万次郎は差し出されたそれに口を寄せると、雪花の指ごとミカンを口に含んだ。
「!?」
何が起こったのか。
いや、何が起こったのかは分かったが、びっくりして動けなかった。
すると万次郎はミカンの果肉を歯で取ったあと、雪花の指をぺろりと舐 め上げた。
「ひあぅっ!?」
変な声が出た。
あわてて万次郎の口から指を引き抜く。
「なっ、なっ」
何すんのよっ、と言いたかったが言葉にならなかった。
目を見開いて万次郎を見ると、彼は口内に残った薄皮を出してから、ふっと瞳を細めた。
「ユッキンの指、ミカンの味。……うめえ」
「!!??」
もはや声にならない。
部屋の中はそんなに暖房がきいているわけでもないのに、顔が熱い。
雪花は薄く微笑 んでいる万次郎から目を逸 らすと、バッグとコートをつかんで立ち上がった。
「わっ、私っ、帰るっ」
そう言って居間を出る。
「えっ? 雪花ちゃん、どうしたの!?」
エマの声が聞こえて。
「ユッキン〜。帰らないで〜」
妙に棒読みな万次郎の声が聞こえたが、振り返らない。
玄関で靴に片足を突っ込んだところで、エマに捕 まった。
「どうしたの、雪花ちゃん、帰らないで〜?」
どうしたのと聞かれても困る。
顔が熱くてエマを見ることができない。
雪花は俯 いて、靴に片足を突っ込んだまま、息を吐いた。
どうして追いかけてくるのがエマで、万次郎は居間を出て来もしないのだろう?
もっとも、もし追いかけて来たのが万次郎だったら、こんなふうに踏みとどまらずに、絶対に帰っていたが。
俯 いた雪花は、自分の腕にすがっているエマの腕を見て、もう1度、息を吐いた。
顔はまだ熱いが、エマを見ると、『帰らないで』と目が語っていた。
仕方なく靴を脱ぎ、エマに連れられて居間に戻る。
「ユッキン〜。おかえり〜」
そこには満面の笑みで手を振る万次郎が待っていた。
「ちょっと、マイキー、雪花ちゃんに何したの!?」
「オレはべつに何も〜?」
よく言う。
雪花は万次郎の対角に座り直すと、彼めがけて勢いよく拳 を突き出した。もちろん顔を狙 って。
拳 はあっさりと万次郎の手のひらに受け止められた。
真っ正面から殴って攻撃が届くとも思わなかったが、反射神経はいいし力はあるし、こんなささいな報復さえままならない。憎らしい。
しかも本人はヘラヘラと笑っている。
「ユッキンが戻ってきてくれて、オレ、嬉しいな」
そう言うと、突き出された雪花の拳 をそっと握 った。
あまつさえ、自分の頬にすり寄せようとしたので、阻止 するべく、腕をぶんぶん振り回す。
が。やはり力が強い。
万次郎が握った拳 を放してくれることはなく、指に柔らかな頬の感触がした。
雪花が不満そうな顔をしているのを見て、万次郎は拗 ねたように言う。
「なんだよ。手ぇ握るくらいいいだろ。オレたち恋人だろ」
時と場所を考えろというのだ。
「……ミカン、食べるんでしょ」
睨 めつけながら言うと、万次郎は瞳を輝かせた。
「うん。剥 いて。剥 いて」
「……もう、さっきみたいなこと、しないでよね」
「しない、しない。ほら、早く」
万次郎が、あーんと口を開けるので、雪花はミカンの小袋を手に取った。
結局。
この日雪花は、万次郎にミカンをひとつ食べさせるのに疲れ果て、自分のミカンを食べることはできなかった。
風が冷たい冬の、ある日の出来事だった。
[終わり]
堅のことだから、自分でやると言い張りそうだと思ったが、エマは説得に成功したようだった。
うんうん。
さて。こちらも
再び万次郎の対角に座ると、にんまりとした笑みが向けられた。
「なーに、ニヤけてんの? ”総長“ の
からかったつもりだったが、失敗した。よけいに万次郎をニヤつかせただけだった。
「オレ今、総長じゃねえもん。今はユッキンの彼氏。カ・レ・シ♡」
うわぁ。砂糖が溶けるぞ。
無視だ。
ミカンの小袋を手にして閉じた袋の頂点に爪をかける。
いつもだったら、歯で
何度か爪で引っ
まあ、そうなるよね、と思いつつ、万次郎の口元にミカンを持っていく。
「こんなになっちゃったけど、食べれる?」
「ウン。へーき」
万次郎は実に口を寄せると、2度、3度と
「あ、このミカン、甘い」
もぐもぐと口を動かしながら万次郎が言う。
「そうなの? 良かったね」
雪花が言うと、万次郎はふくれっ
「なんだよ、それ。ひとごとみてぇに」
「ん〜? だって、マイキーが食べたミカンが甘くても、私のミカンも甘いとは限らないでしょ」
「んなことねぇだろ。同じ箱のミカンなんだから、ユッキンのミカンも甘いに決まってるだろ」
「そうかなぁ」
そんなことを言っているうちに、次の小袋も
「はい」
再び万次郎の口元にミカンを持っていく。
雪花は手の位置を動かさないように気をつけながら残りのミカンに目を向けた。これがあと8回続くのかと思うと、少々うんざりした。
この甘えん坊め。
万次郎は差し出されたそれに口を寄せると、雪花の指ごとミカンを口に含んだ。
「!?」
何が起こったのか。
いや、何が起こったのかは分かったが、びっくりして動けなかった。
すると万次郎はミカンの果肉を歯で取ったあと、雪花の指をぺろりと
「ひあぅっ!?」
変な声が出た。
あわてて万次郎の口から指を引き抜く。
「なっ、なっ」
何すんのよっ、と言いたかったが言葉にならなかった。
目を見開いて万次郎を見ると、彼は口内に残った薄皮を出してから、ふっと瞳を細めた。
「ユッキンの指、ミカンの味。……うめえ」
「!!??」
もはや声にならない。
部屋の中はそんなに暖房がきいているわけでもないのに、顔が熱い。
雪花は薄く
「わっ、私っ、帰るっ」
そう言って居間を出る。
「えっ? 雪花ちゃん、どうしたの!?」
エマの声が聞こえて。
「ユッキン〜。帰らないで〜」
妙に棒読みな万次郎の声が聞こえたが、振り返らない。
玄関で靴に片足を突っ込んだところで、エマに
「どうしたの、雪花ちゃん、帰らないで〜?」
どうしたのと聞かれても困る。
顔が熱くてエマを見ることができない。
雪花は
どうして追いかけてくるのがエマで、万次郎は居間を出て来もしないのだろう?
もっとも、もし追いかけて来たのが万次郎だったら、こんなふうに踏みとどまらずに、絶対に帰っていたが。
顔はまだ熱いが、エマを見ると、『帰らないで』と目が語っていた。
仕方なく靴を脱ぎ、エマに連れられて居間に戻る。
「ユッキン〜。おかえり〜」
そこには満面の笑みで手を振る万次郎が待っていた。
「ちょっと、マイキー、雪花ちゃんに何したの!?」
「オレはべつに何も〜?」
よく言う。
雪花は万次郎の対角に座り直すと、彼めがけて勢いよく
真っ正面から殴って攻撃が届くとも思わなかったが、反射神経はいいし力はあるし、こんなささいな報復さえままならない。憎らしい。
しかも本人はヘラヘラと笑っている。
「ユッキンが戻ってきてくれて、オレ、嬉しいな」
そう言うと、突き出された雪花の
あまつさえ、自分の頬にすり寄せようとしたので、
が。やはり力が強い。
万次郎が握った
雪花が不満そうな顔をしているのを見て、万次郎は
「なんだよ。手ぇ握るくらいいいだろ。オレたち恋人だろ」
時と場所を考えろというのだ。
「……ミカン、食べるんでしょ」
「うん。
「……もう、さっきみたいなこと、しないでよね」
「しない、しない。ほら、早く」
万次郎が、あーんと口を開けるので、雪花はミカンの小袋を手に取った。
結局。
この日雪花は、万次郎にミカンをひとつ食べさせるのに疲れ果て、自分のミカンを食べることはできなかった。
風が冷たい冬の、ある日の出来事だった。
[終わり]