君が生まれた日

ロンドンのメイフェアに白亜の屋敷があった。
ほんの少し前までその屋敷は伯爵邸と呼ばれていたが屋敷の主がシルヴァンフォード公爵になったので今では公爵邸だ。
その屋敷の一室で一人の男が落ち着きなく歩き回っていた。
いうまでもなくこの屋敷の主、エドガー・アシェンバートである。
ときどきドアの向こうに視線をやる。
「リディア・・・・」
エドガーは世界で一番愛しい妻の名前を呟いた。その彼の妻リディアは今出産の最中である。
「公爵、落ち着けよ」
うろうろと部屋の中を歩くエドガーにいらいらしたのか黒い靴下猫が声をかけた。
妖精猫、ニコである。
「落ち着けだって。ずいぶんなことを言ってくれるね、ニコ。リディアが出産でこんなに苦しんでいるのに落ち着いてられるか」
ニコのことを睨んでくるエドガーに彼はやれやれとため息をついた。
ニコは感慨深げにこう言った。
「ついこの間まで子供だと思ったらもう母親になるんだものな。感慨深いよ」
エドガーはニコのことをじっと見た。ニコはリディアが生まれたときから一緒にいるのだ。だからつい感傷的になってしまうのかもしれない。
そして父と母のことに思いを巡らす。
母はこんなに苦しんでまで自分を生んだのだろうか。父はいまの自分の心境と同じ心境で自分が生まれてくるのを待っていたのだろうか。
父にそのことを訊くことはもうできないがいつかシルヴァンフォードに行ったときに父を知る人に父のことを訊いてみたい。
エドガーがそう思ったときだった。力強い産声が屋敷中に響き渡った。
生まれたのだ。
屋敷の中が喜びの声で満たされる。
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