あの後、溶けるのはちょっとという夏目が雪兎を家に連れ帰ってきた。
『しばの原からずっと西へと行った村に「魔封じの木」というのがあるのですが、三日ほど前に切られたらしくそこに封じられていたものが解き放たれたのです。それは黒い気を放ち、時には草木をからし時には獣の心を乱す悪しきもの。放ってはおけません』
そう玄は説明する。
「…つまりその悪霊退治を手伝えと……？」
夏目が言った。
『…必ず必ず奴をこの手で封印してやる』
玄の心が美結花に流れ込んでくる。
（これは…悲しみと憎しみ……）
悲しみは分かる。彼はあのしばの原にたった一人だったのだ。
だけどなぜ憎しみが彼の心にあるのだろう。
「そういえば玄はなぜひとりなんだ？　もう一匹の石像も昔はあったんだろう？」
『ええ。あの頃は楽しかった。私たちは二人で森を守り、雨や雷や月や花を共に眺めて……』
二人でともに居たのは楽しかったのだろう。
『しかしあいつは─。翠は……。あいつは粉々に砕けてもうないのです。あのしばの原には私は一人きりなのです』
（一人か……）
美結花の脳裏には一人きりの自分が思い浮かぶ。昔の自分だ。
「一人は寂しいよね……」
寝る仕度をしながら美結花は呟いた。
「また何かくだらないことを考えているわね」
佐貝が呟く。
「くだらなくはないもの。ただ一人は…寂しいなって」
「あいつと自分を重ねているの？」
「どうだろうね……。そういえば玄はいつから一人なんだろう。そしてなんで一人になったんだろう」
ふと思った。
「さあね。興味ないわ。もう寝なさい」
「はあい」
美結花は素直に頷いた。
玄のことを考えていたせいか優しそうに笑う女の人の夢を見た。
（あの人が翠なのかな──）
ふとそんなことを思った。