夢のカケラ

2.小織

 それは一年前のことだった。
 9月でも暑い日々に顔をしかめて小織は学校へと向かっていた。
 小織の通う翔陽しょうよう高校は県下でも有名な進学校だった。
 緑のチェックのスカートと赤いリボンの制服は少女たちのあこがれだった。
 小織はというとぱっちりとした黒曜石のような目、艶のある黒髪を一つに結んだなかなかの美少女として男性たちのあこがれの的になっていた。
 しかし彼女はそんなことには興味なかった。
「おい。湯野」
 移動授業が終わって教室へ向かうとき担任が小織を呼び止める。
「先生?」
 小織は50代くらいの担任の人のよさそうな顔を見た。
「お前、まだ大学決めてないだろ。大丈夫か? もう高3の2学期だろう?」
「すみません。今度決めてきます……」
「おいおい。それ何回目だよ。このままだとやばいから早く決めてくれ」
「はい……」
 小織は頷くと踵を返した。
 先生の視線が届かないところに行くとため息をついた。
 行きたい大学とか決まるはずがない。
 将来の夢とかないし、得意なものとかもない。
 ただ惰性的に生きるだけだ。
(そう言えば私、中学の時何か夢を持っていた気がする……。何だっけ……?)
「小織~!」
 同じクラスの小野おの 久美子くみこが後ろから突進してきた。
小織の親友だ。
 彼女は黒髪をショートにし、活発な印象を受ける。事実活発でクラスを引っ張って言っているのは彼女だ。
「勉強教えて~! 正直ついていけない~」
「うん。いいよ」
 教えることは嫌いではないので頷いた。
「ありがとう。あと可南子かなこも来るけどいい?」
 久美子はもう一人の親友の名を挙げた。
「うん。大丈夫だよ」
「本当にありがとう~。小織が親友であたしは幸せだ」
「大げさだよ……」
 そんな会話をしながら教室へと向かったのだった。

*      *

「じゃあ、バイバイ~」
「小織、また明日~」
「また明日~」
 久美子と可南子と別れて小織は家へと向かった。
 が、途中で気を変えて反対方向の岬へとむかった。
 そんな気分だったのだ。家にはあまり帰りたくなかった。
 父親も母親も早く決めろとうるさいからだ。
 そんな両親がうざくて家にはいたくなかった。
 早く決めろなんてそんなの自分が一番分かっている!
 小織はそう言いたかった。
 岬につくと風が彼女の髪を巻き上げる。
「気持ちいい……」
 思わず呟く。
 その時だった。
 音がしたかと思うと数メートル横に傷だらけの男が立っていた。
 綺麗な銀髪で目は空色、白い肌のあちらこちらに傷がついていた。 
 年は小織より3つくらい上に見える。
「……」
「……」
 お互い見つめあって沈黙してしまう。
 沈黙がしばらく続くと小織ははっとした。
「あなた傷だらけじゃない! 手当してあげる」
 何となく放っておけなくて小織は傷がひどい腕の部分をハンカチで巻いてあげた。
「お前、なんで手当をする?」
 男が訊いた。
「なんとなく?」
「何となくってお前な……」
 男があきれたように言った。
「はい。出来たよ」
 小織の言葉に男は腕を見た。
「ありがとう……」
 男が呟く。
「じゃあ私行かなきゃ」
 小織はその場を去って行った。
 その後姿を男が見つめていたのだった。

*      *

 次の日、小織はまたもや帰り道に岬に行った。
 岬には先客がいた。
 昨日の男だった。
「礼を言ってなかったと思って」
 男が口を開く。
「いや、私は当然のことをしただけで……」
 しどろもどろに小織は言った。
「やる」
 男がそう言って突き出してきた物を小織は思わず受け取った。
 手の中のものを見ると星形のキーホルダーだった。金色できらきらと光っている。
「あ、ありがとう……」
 小織は赤くなった。男の人からプレゼントをもらうのは初めてではないがこれほど嬉しかったものもない。
「枕元に置くといい夢が見られるものだ。それだけを言いに来た。じゃあな」
 男はそう言って銀髪をなびかせて去って行った。
 小織はそれを見送ると手の中のものを嬉しげに見つめたのだった。
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