猫と私の協奏曲
3.学校へ
結華の家から駅まで十五分、電車で三十分、駅から学校まで十五分かけたところに、波留宮 高校はある。
結華は駅を降りて学校に向かっていた。
「おはよう~! 結華!」
そう声をかけてくるのは髪をポニーテールにした活発そうな少女だった。彼女は新留 若葉 。結華の親友だ。
「おはよう、若葉」
結華も挨拶をする。
「あ、猫」
結華は呟いた。
波留宮高校の近辺には猫が多い。結華としてはふ~んといった程度なのだが、この親友にとっては違う。
「猫、可愛い~~」
猫好きな若葉にとっては猫が見られるというだけで至福だった。そのため、登下校は彼女のとろけた表情を見ることがよくある。
「おはよう~、結華、若葉」
そこへもう一人の親友、田代 小枝 がやってくる。肩までの黒髪をカチューシャで留めた彼女はうっとりとした顔をしている若葉を見て呆れた顔をした。
「若葉は本当に猫が好きね~」
どちらかというと犬が好きな小枝は若葉の異常な猫好きが理解できないようだ。
「まあまあ。可愛いものが好きなのは悪い事じゃないと思うわ。それより、そろそろ行った方がいいんじゃない? 一時間目、体育でしょ?」
結華が自分の腕時計を示す。時刻は七時五十分。朝礼は八時。着替える時間を考えるともう少し欲しい。
「やばっ! 急ぐわよ、若葉」
「ええっ! 富塚(とみづか)先生は怖いんだから」
体育の先生、冨塚先生は遅刻に厳しい事で有名な中年の男の先生だった。一時間目から怒られたくない三人は駆け足で学校へと向かった。
* *
「暑い……」
普段はおろしている髪をポニーテールにして結華は呟いた。
「ホント、暑いよね~。こんな暑いのに外でハンドボールだなんて……。嫌になっちゃう」
若葉が同意する。彼女は球技があまり好きではないのだ。
「水泳が良かったな……。今日は暑いし」
「確かに。プールが良かった」
小枝の言葉に結華は頷いた。週に一度しか水泳の授業がないのが悔やまれる。もっと増やしてほしかった。
「あれ?」
若葉が校庭にある木の方をじっと見ている。
「どうしたの? 若葉」
結華が彼女に訊く。
「猫がそこにいるような……」
結華は若葉の見ている木を見た。そしてぎょっとする。
(何やってんの!? あのバカ!)
心の中で思いっきり罵声を浴びせる。
その木の幹に丸々と太った風船猫もといマルがいた。
「あの猫、すごい太っているね……」
「風船猫って奴? でも可愛い……」
猫好きな若葉はマルの事をかわいいと思ったみたいだ。
結華はそれを聞いていなかった。とりあえず彼女はマルの方に駆け寄るとその首をがしりと掴む。
「何をする! 結華」
マルは慌てる。
「何であんたは学校に来ているのかな~?」
にっこりと微笑む。
「いや、ちょっとガッコウとやらに興味があってな……」
「へえ……。とにかく。皆に見つからないようにしてよね!」
学校に飼い猫が来たと知られたら……。
「遅かったみたいだぞ」
「へ?」
結華は後ろを振り向いた。後ろにはきらきらと顔を輝かせた若葉と興味津々な小枝がいた。
「その猫、結華の飼い猫?」
「うん……」
確かに飼い猫だ。元、陶器だけど。
「結華ったら。教えてくれればよかったのに~」
若葉は教えてもらえなかったことに少し不満そうだ。
「結華にも事情があるのよ」
小枝がそれをなだめる。
「教えなかったのは悪かったわ。でも昨日、飼い始めたばかりだから……」
「昨日からなんだ~。触ってもいい!?」
「いいけど……」
若葉にダメと言おうものならしばらく拗ねる。それをなだめるのに必死だった日々を思い出す。
「やった! じゃあ遠慮なく」
そう言って若葉は本当に遠慮なくマルをなでた。腕の中のマルは少し窮屈そうだった。
それを結華は見て見ぬふりをした。自分に黙ってここまで来たのだ。これくらい甘んじて受けやがれ。
* *
「もう。なんで学校に来ちゃうのよ……」
帰り道に結華はマルに訊いた。あれからマルはみんなにばれないように学校にいた。
「言っただろう。結華がどういう生活をしているかを知りたかったと。わしは家の中での結華しか知らんのでな」
「なんか、マルってお父さんみたい」
結華は思わず呟く。
「お父さん!? わしはそんな年ではない!」
結華の言葉にマルはショックを受けたようだ。
「だけど私より年上なんでしょ?」
言動からして結華よりも年は上だと思う。
「せめてお兄さんにせんか……」
「ふふっ。分かったわ。お兄さんにしてあげる」
結華は少し笑った。
「それでよい。それより若葉という子に会ったら伝えてくれ。ぎゅうぎゅうと抱きしめるなと」
「分かった分かった。伝えとく。若葉が苦手みたいね……」
結華は苦笑した。
「あんな触り方をされて嫌がらない猫がいたらお目にかかりたいわ」
若葉が猫によくひっかかれるのは触り方にあるのだろうな。そう思いつつのんびりと家への道を結華はたどった。
結華の家から駅まで十五分、電車で三十分、駅から学校まで十五分かけたところに、
結華は駅を降りて学校に向かっていた。
「おはよう~! 結華!」
そう声をかけてくるのは髪をポニーテールにした活発そうな少女だった。彼女は
「おはよう、若葉」
結華も挨拶をする。
「あ、猫」
結華は呟いた。
波留宮高校の近辺には猫が多い。結華としてはふ~んといった程度なのだが、この親友にとっては違う。
「猫、可愛い~~」
猫好きな若葉にとっては猫が見られるというだけで至福だった。そのため、登下校は彼女のとろけた表情を見ることがよくある。
「おはよう~、結華、若葉」
そこへもう一人の親友、
「若葉は本当に猫が好きね~」
どちらかというと犬が好きな小枝は若葉の異常な猫好きが理解できないようだ。
「まあまあ。可愛いものが好きなのは悪い事じゃないと思うわ。それより、そろそろ行った方がいいんじゃない? 一時間目、体育でしょ?」
結華が自分の腕時計を示す。時刻は七時五十分。朝礼は八時。着替える時間を考えるともう少し欲しい。
「やばっ! 急ぐわよ、若葉」
「ええっ! 富塚(とみづか)先生は怖いんだから」
体育の先生、冨塚先生は遅刻に厳しい事で有名な中年の男の先生だった。一時間目から怒られたくない三人は駆け足で学校へと向かった。
* *
「暑い……」
普段はおろしている髪をポニーテールにして結華は呟いた。
「ホント、暑いよね~。こんな暑いのに外でハンドボールだなんて……。嫌になっちゃう」
若葉が同意する。彼女は球技があまり好きではないのだ。
「水泳が良かったな……。今日は暑いし」
「確かに。プールが良かった」
小枝の言葉に結華は頷いた。週に一度しか水泳の授業がないのが悔やまれる。もっと増やしてほしかった。
「あれ?」
若葉が校庭にある木の方をじっと見ている。
「どうしたの? 若葉」
結華が彼女に訊く。
「猫がそこにいるような……」
結華は若葉の見ている木を見た。そしてぎょっとする。
(何やってんの!? あのバカ!)
心の中で思いっきり罵声を浴びせる。
その木の幹に丸々と太った風船猫もといマルがいた。
「あの猫、すごい太っているね……」
「風船猫って奴? でも可愛い……」
猫好きな若葉はマルの事をかわいいと思ったみたいだ。
結華はそれを聞いていなかった。とりあえず彼女はマルの方に駆け寄るとその首をがしりと掴む。
「何をする! 結華」
マルは慌てる。
「何であんたは学校に来ているのかな~?」
にっこりと微笑む。
「いや、ちょっとガッコウとやらに興味があってな……」
「へえ……。とにかく。皆に見つからないようにしてよね!」
学校に飼い猫が来たと知られたら……。
「遅かったみたいだぞ」
「へ?」
結華は後ろを振り向いた。後ろにはきらきらと顔を輝かせた若葉と興味津々な小枝がいた。
「その猫、結華の飼い猫?」
「うん……」
確かに飼い猫だ。元、陶器だけど。
「結華ったら。教えてくれればよかったのに~」
若葉は教えてもらえなかったことに少し不満そうだ。
「結華にも事情があるのよ」
小枝がそれをなだめる。
「教えなかったのは悪かったわ。でも昨日、飼い始めたばかりだから……」
「昨日からなんだ~。触ってもいい!?」
「いいけど……」
若葉にダメと言おうものならしばらく拗ねる。それをなだめるのに必死だった日々を思い出す。
「やった! じゃあ遠慮なく」
そう言って若葉は本当に遠慮なくマルをなでた。腕の中のマルは少し窮屈そうだった。
それを結華は見て見ぬふりをした。自分に黙ってここまで来たのだ。これくらい甘んじて受けやがれ。
* *
「もう。なんで学校に来ちゃうのよ……」
帰り道に結華はマルに訊いた。あれからマルはみんなにばれないように学校にいた。
「言っただろう。結華がどういう生活をしているかを知りたかったと。わしは家の中での結華しか知らんのでな」
「なんか、マルってお父さんみたい」
結華は思わず呟く。
「お父さん!? わしはそんな年ではない!」
結華の言葉にマルはショックを受けたようだ。
「だけど私より年上なんでしょ?」
言動からして結華よりも年は上だと思う。
「せめてお兄さんにせんか……」
「ふふっ。分かったわ。お兄さんにしてあげる」
結華は少し笑った。
「それでよい。それより若葉という子に会ったら伝えてくれ。ぎゅうぎゅうと抱きしめるなと」
「分かった分かった。伝えとく。若葉が苦手みたいね……」
結華は苦笑した。
「あんな触り方をされて嫌がらない猫がいたらお目にかかりたいわ」
若葉が猫によくひっかかれるのは触り方にあるのだろうな。そう思いつつのんびりと家への道を結華はたどった。