喫茶店 ブラン2

一、
サッカー少年とカスタードプリン

「畜生、畜生、畜生」
短く黒髪を刈った中学生らしき男の子が松葉杖をつきながら涙を流す。
「俺はなんでこんな時に……」
日焼けした肌を涙が流れる。
「おいていかれるわけにはいかないのに……」
そんなことを呟きながら歩き続ける。
怪我をしていることすら気にも留めなかった。
必死に歩き続けていた彼は見知らぬ道へとたどり着いた。
「なんだ? ここ……」
ようやく落ち着いたのかあたりを見渡す。
あたりにはほとんど何もない場所だったが、いつだけぽつりと浮かび上がるように一軒の家が見えてくる。
『喫茶店・ブラン』
その文字がぼうっと浮かび上がってくる。
普段なら気にも留めなかっただろう。
だがその時は入らなければという思いに駆られ、吸い込まれるように喫茶店のドアを開けた。
重厚な茶色の木製のドアが音を立てて開く。
中は目に良いライトグリーンの壁紙、茶色の椅子とテーブルが行儀よく並んでいた。
カウンターの中には薄茶色のウェーブを一つに結んだ女性と黒髪ストレートを一つにまとめた女性がいた。
「いらっしゃい。どこに座る?」
薄茶色の髪の女性が訊いてきた。
「あ……。じゃあそこの椅子で……」
松葉杖をつきながら少年は座った。
メニューを開くと迷ってしまう。サンドイッチ、プリン、パンケーキだけでなく、パフェまであるからだ。
おすすめは何か聞いた。
「そうねえ……。今ならカスタードプリンがおすすめだよ。ほっぺが落ちるくらいおいしいんだから」
薄茶色の髪の女性が笑顔で言った。
「じゃあそれで……」
少年はプリンが食べたくなってきたので注文した。それとアイスティーも追加で注文した。
のどが渇いたからだ。
「ご注文承りました。 璃子! カスタードプリンをお願い!」
「了解! プリンね」
璃子と呼ばれた女性がカウンターの内側で準備をする。
「ところで少年。何か悩みはないかい?」
「え」
ぎくりとする。
「悩みは誰かに話した方が楽だよ?」
「……」
少年は悩んだが、璃子という女性の雰囲気が穏やかで話しやすく、するりと口から悩みが出てきた。
少年は坂巻健斗さかまきけんとと言い、学校のサッカー部に入っている男子生徒だった。
彼にはライバルがいて、町原修也まちはらしゅうやと言った。彼とポジション争いをしていたのだが、サッカーの試合で健斗が怪我をしたことによってポジションは修也のものになった。
怪我をした自分が悔しくて怪我でサッカー部を見学になることをコーチが伝えた時もライバルの顔を見ることができなかった。
失望されたのではないか、もうライバルと思ってくれないのではないかという疑念が貼らせなかったからだ。
「きっとあいつも俺に失望しているんだ……」
そう言って涙が出てきた。
「あ~。泣かない泣かない……。大丈夫だから。きっとライバル君は君のことを失望したりしないよ」
「なんでそう言えるんですか?」
「だって君のその怪我はサッカーを頑張った証だ。それを笑うなんて誰にもできないよ」
璃子はそう言った。
「けど……」
健斗は納得できなかった。
怪我をしてチームにも迷惑をかけてライバルだって呆れている。どうしてもネガティブに考えてしまうのだ。
「それに今度の試合には出られない……。こうしている間にもライバルは俺を抜いていく……。それが……怖い……」
「う~ん……。怪我でネガティブになっているな~」
困ったように璃子は言った。
「サッカーやめたいわけじゃないでしょ?」
「それは当たり前です! もう少し俺はやりたいんです!」
健斗は立ち上がった。
「よかった。じゃあこれを食べて悩みなんかとかしちゃいなよ」
璃子は美子から何かを受け取ると机の上に置いた。
「ご注文のプリンです」
目の前に置かれたのはカスタードプリンだった。
黄色いプリンがプルンと揺れ、上にのっているキャラメルがとろりとおいしそうに流れる。
「うまそう……」
ごくりと息をのむ。
「いただきます」
健斗はスプーンを手に取ってプリンを食べた。
「……!」
とろりとしたカスタードが程よい甘さでのど元を過ぎていく。
後からキャラメルの苦さが来てそれがまたおいしさを引き立てている。
「うまい……」
無我夢中になってプリンを食べる。
食べていくうちにサッカーで怪我をしても次にチャレンジをすればいいという気持ちになっていった。
(考えてみれば一生サッカーできないほどの怪我じゃないんだ……。あいつが先に行っていてもすぐに追いつけるよう怪我が治ったら頑張ればいいんだ)
そんなふうにポジティブに考えることができるようになってきた。
「ごちそうさまでした。おいしかったです」
手を合わせてお礼を言う。
「よかった。これで君の悩みが解けたらいいと思う」
美子という女性が言った。
「はい」
晴れ晴れとした顔で健斗は頷いた。
「悩みは解けたみたいだね?」
璃子が訊いた。
「はい、もう大丈夫です」
そう言って立ち上がると会計をした。
「色々とありがとうございました」
店のドアを開く。
「あなたのこれからが幸せなことを願っているよ」
「もう二度とここにお世話にならないようにね!」
「え?」
また来てねは分かるが二度と来ないようにとはどういう意味だろう。振り返るが、すでに店の外に出てしまっていた健斗には店員たちの顔を見ることができなかった。
「今のは一体……」
そのままそこに立ち尽くしていると誰かがやってきた。
「坂巻!」
「町原……」
そこにいたのはライバルだった。
「俺、頑張るから! お前に負けないくらい」
「呆れてないのか? こんな怪我をしてと……」
今まで聞けなかったことを訊いた。
「呆れるわけないだろ! お前のその怪我はチームを救って負ったものなんだ! この間の試合でお前があそこで対応しなきゃ勝てなかったよ」
修也はそう言った。
「それなのに怪我を追って悩んでいるお前に声をかけることができなかった……。だからおまえの分も頑張るから必ず復帰してくれ!」
「いいのか? すぐに追いつくかもしれないぞ?」
健斗は意地悪くにやりと笑った。
「望むところだ!」
修也も自信満々で迎える気だ。
「よかった! 俺、悩みを聞いてもらったんだ。この喫茶店で……あれ?」
健斗が振り返ると喫茶店は見えなかった。
「おかしいな? さっきまであったのに……」
その声にこたえるものはなかった。

「また一つお客さんの悩みが解決したみたいだね」
璃子が言った。
「ああ。そうだな。ここにお店を構えて三十年。様々な人の悩みを聞いてきた。そのかいあって色々できたね」
美子が頷く。
「今日はもう訪れないかな?」
「そうだろうな。それじゃあ店じまいと行くか」
「うん!」
二人がそう言ってしばらくしてからお店のランプが消えた。
あとには何事もなかったかのように暗くなってくる夜道に静寂が訪れた。
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