いつの日か輝いていた

4.二人の心

八ヶ岳から帰ってきて一週間が過ぎた。夏休みだと言うのに俺はサークルの活動で部室に向かう途中聞こえた声に思わず足を止めた。
「荒木。付き合ってくれないか?」
 俺が足を止めたのは親友の声が聞こえたからではない。告白されているのが幼馴染だったからだ。
「付き合うってどこへ?」
 通りがかりに二人の会話を聞いてしまった俺はため息をついた。あゆはこういう天然なところがある。
「いや。どこへじゃなくてさ……」
 渡部は戸惑っているようだ。まあそうだろう。大学生になってもあんなボケをする人間はそうそういない。
「どこへ行こうかじゃなくて……。俺の彼女になって欲しいってこと!」
「ごめんなさい。今、付き合うとかそういうことを考えられなくて……やりたい事があるの。」
 あゆはそう言った。
「そうか……。残念だ」
 渡部はショックを受けた顔をしたが、それを押し隠して言った。恐らく渡部は振った事はあっても振られた事はなかったのだ。あゆは何て罪なやつだ。でも、渡部もこれで少しは人の気持ちが分かるようになるのではないかなど俺は余計なことを考えていた。イケメンでモテモテの渡部が振られたのだ。俺は正直あゆが渡部と付き合わなかった事に少し安堵していた。
数日後、俺はあゆに一緒にミッドタウンの花火を見に行かないかと誘われた。頷いた俺は六本木にいた。
「お待たせ。待った?」
 あゆがやってくる。
「全然」
 本当は十五分くらい待っていたが、顔には出さない。
「よかったー」
 あゆはほっとした顔をした。
「じゃあ、行こうか」
 俺たちはミッドタウンの方へと向かった。
今、ミッドタウンで開催しているのはイルミネーション花火。二十分ごとに開催している。次の開催は七時。三十分程時間はあった。開催場所に着いた俺たちは暇だからという理由で何故か四つ葉のクローバーを探し始めた。
 二人でかがんで探しているとクローバーを先に探したのは俺だった。
「いいなあ」
 あゆが羨ましそうに言うので俺は四つ葉のクローバーを差し出した。
「いいの?」
 あゆが訊いてくる。
「ああ。俺が持ってても仕方ないしな」
 それにあゆには幸せになって欲しい。俺はその言葉を飲み込んだ。
「うれしい。今まで貰ったものの中で一番うれしい」
 あゆは本当に嬉しそうだった。
「あの……」
 俺はずっと言えなかった事をここで言おうと思った。
「何?」
 あゆの綺麗な瞳に俺が映る。
「す、すき……」
「え?」
「いや。すっ、すき焼き食べに行かないか?」
 あゆがぽかんと俺を見た。
「すき焼きね。花火が終わってからね」
 あゆがくすくすと笑う。
「ほら。花火が始まったよ」
 あたりが明るくなり、大きなボードに花火が作りだされる。俺はそれを綺麗だと感じる余裕はなかった。あゆに本当の気持ちを言えない自分の臆病さを心の中で罵った。そうさ。俺はこの関係を崩すのが怖い臆病者さ。
「りょう……。私ね……」
 あゆが花火を眺めながら俺に言う。
「私……。ボランティアでケニアに行くことにしたわ」
 俺は動揺した。今までずっと一緒だったあゆが遠くに行ってしまう。考えたことがなかった。
「どういうことだ……」
 俺は動揺を隠して訊いた。
「恵まれない子供たちの為に役に立ちたいの。打診は前からあったのだけれど、今まで決心がつかなくて……」
 あゆは昔から誰かの為に何かをしようとする子だった。それが良い事だと思うと同時に何か遠い存在になってしまう気がした。
「いつから行くんだ……?」
「一か月後ね。決心がやっとついたから鈍らないうちに行くつもり」
 あゆの決心は固そうだった。もう俺が何を言おうとケニアに彼女は行くのだろう。だったら言うべき言葉は一つだ。それがどんなに俺にとって辛い言葉だとしても。
「頑張れよ……。応援してる……」
「りょう。ありがとう」
 あゆは嬉しそうだった。あゆが夢を見つけたのはいいことだと思う反面、ケニアという危険な土地に行かなくてもいいじゃないかと本音では思ってしまう。でもあゆの人生はあゆのものだ。俺ごときが止められるものではないのだ。
「りょう、元気でね」
 一か月後、あゆはケニアに旅立った
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