いつの日か輝いていた

3.八ヶ岳の星空を眺めながら

「は? 八ヶ岳?」
 俺はきょとんとして親友を見た。
「そうそう。もうすぐ夏休みだしさ。みんなでどこかに出かけようかなって思って。吉野もどうだ?」
 俺は考え込んだ。みんなでどこかに出かけるっていうアイデアは悪くない。楽しそうだ。
「八ヶ岳は星が綺麗に見えるぞ」
 この言葉に俺は心が動いた。昔から星を見るのが好きな俺にとっての魅力的な言葉だ。
結局、俺も行くことになった。
「じゃあ、荒木たちも誘ってよ」
「自分で誘えばいいだろ?」
 俺は呆れた。女子に電話できないとかお前は高校生か。
「いや~。ちょっとあの子美人で話しかけにくいんだよね。だから頼む、吉野。お前はあの子と幼馴染だろ?」
 サッカー部で女子にモテモテなくせによく言うわ。だがあゆを誘うのに気後れする理由もわかる。トラブルメーカーだが、かなりの美人だ。幼馴染の俺でさえそう思うのだ。話しかけにくいのも分かる。
「はあ~。今度何かおごるんだな」
「吉野! 恩にきる!」
 そう言って親友は手を合わせてきた。
「いいわよ」
 親友と分かれた後、あゆに会って訊くと彼女は即答で頷いた。
「面白そうだしね。りょうにとってもよかったんじゃない?」
 あゆは俺が星を見るのを好きだと知ってそう言ってくれる。
「ね、また星の話聞かせてよ」
 時々無性に星が見たくなる。その時はあゆも一緒について行ってくれる。そんな彼女に星の話をするのが俺は好きだった。
「さ~て♪ 八ヶ岳。楽しみだな~」
 あゆは何か行事があると張り切るのだ。

八ヶ岳当日。俺とあゆ。誘ってくれた渡部(わたべ)、と他五名の計八名で八ヶ岳に向かう。ミニバンを借りて乗り込む。車内ではそれぞれ好き勝手にしゃべっている。
「ねえ。りょう……」
 あゆが話しかけてきた。
「なんだ。あゆ」
「車でドライブといえば思い出すことない?」
 俺はしばらく考えた。そしてあゆの言っている事件に思い当たることがあった。
高校卒業の日。卒業式が終わって何人かでドライブをしようという事になった。ちょうど免許を取ったばかりという友人がいたのだ。
俺とあゆははしゃいでトランクの中に卒業証書を入れてその車に乗り込んだ。
「ひゃほおおおい!」
 あゆはとてもはしゃいでいた。俺もつられてはしゃぐ。振り返れば数え切れないほどの思い出。あゆと俺は一回だけ学校をさぼって映画を見に行った事があった。それは秋の落ち葉が舞い散る頃の事だった。今は春、名残惜しい桜吹雪の中、俺たちは二度とない時を過ごした。このまま時間が止まってくれれば良いのに。だが楽しい時間はあっという間に終わってしまうものだ。俺たちは家に帰りたくないと思いつつも高校生活最後のドライブを楽しんだ。
「母さん、ほら。卒業証書」
 俺は母親に筒から出した卒業証書を見せた。しかし母親は微妙な顔をした。
「母さん?」
「良哉……。あの、名前……」
 俺は指摘されて卒業証書の名前の欄を確認した。そこには荒木亜優美と書かれていた。その瞬間、俺は顔から火が出そうになった。ドライブ後に卒業証書を持って帰る時に取り違えたのだ。何故なら卒業証書はみな同じ筒に入っていたものだから。「りょう~! 卒業証書入れ替わってる~!」
 その時、あゆがやって来た。どうやら俺とあゆの卒業証書が入れ替わってしまったらしい。ひそかに思ったのは入れ替わったのが俺とあゆのでよかったという事だけだ。他の連中だったらもっと恥ずかしい思いをしていたに違いない。
「私、入れ替わったのがりょうとでよかったよ。他の人とだったらもっとややこしいことになっていたもの」
 あゆも同じことを思っていたらしい。これが卒業証書入れ替わり事件である。
「お~い! お二人さん。話し込んでいるところ申し訳ないけど、もうすぐ着くぞ」
 助手席の渡部が言った。俺とあゆは窓の外を見た。のどかな景色が見えて来る。遠くには八ヶ岳が見える。それからというもの俺たちは馬に乗ったり、バーベキューをしたり、、山の新鮮な空気と美しい景色を堪能した。
思い切り楽しんだ後、白い外壁に青い屋根の如何にもペンションと言う佇まいの宿に着いた。
俺はペンションに着くとすぐにベッドに大の字になった。これはホテルとかに泊まると必ずやってしまう。疲れが取れる気がするのだ。
「りょう。散歩に行かない?」
 あゆがそう言って部屋に来たのはあたりが暗くなってからだった。男の部屋に勝手に入るなと言いたくなるが聞かないのは分かっているので口には出さない。ただ頷いてアウターを手に取った。
 あゆと二人で歩く。麻シャツを羽織っているのに少し肌寒いくらいだった。
「やっぱ少し寒いな」
「そうね。あ! そうだ。りょう、こっち来て!」
 あゆが走り出す。
「お、おい! 待て!」
 俺は慌てて後を追った。女子を夜中に一人にするわけにはいかない。
「ど~ん♪」
 あゆは丘の上に来るとそこに寝転がった。
「りょうも寝転がろうよ。そうすれば星がよく見えるよ」
「あのな……」
 俺は深くため息をついた。寝転がって汚れたらどうするのだという常識的な意識が働く。
「大丈夫だって! 早く早く」
 こうなったらあゆは聞かない。頑固な面も彼女は持っているのだ。
「分かったよ」
 俺は寝転がった。草がチクチクと体に食い込むがそれさえも気にならない程、満点の星空が遥か彼方まで広がっていた。
「あ、アンタレス」
 一番最初に見つけたのは蠍座のアンタレス。赤い星だ。
「ねえ、夏の大三角形はどこ?」
「そこにある。琴座のベガ、鷲座のアルタイル、白鳥座のデネブ」
 俺は三つの星を指して三角形を作って見せる。
「琴座のベガは淑女星、鷲座のアルタイルは牽牛星として日本や中国では有名だな。七夕伝説に出てくる星だ」
「なるほど……。世界が違えばいろんな説話が出てくるんだね……」
 そのとおりだと思った。あゆといると新たな発見がある。
「りょう……あのね……」
「なんだ?」
 俺はあゆの方をちらりと見た。
「私、時々悩むの」
 あゆからそんな言葉を聞くとは以外だった。自分のやりたいことがある時、それが本当にいい方向に行くか未来なんて分からない。親にも反対されてそれを押し切って後悔しないか? でも、諦めて後悔するよりチャレンジして後悔した方が自分らしいと、あゆは言った。詳しい内容は聞けなかったが、あいつは又何か企んでいるようだった。
「今度一緒に六本木のミッドタウンのイベントに行かない……?」
「ああ。良いぞ」
俺は昔からあゆには甘い。
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