いつの日か輝いていた

やっちまった……。
 俺は自分の部屋で頭を抱えていた。朝起きると目の前にあるのは腰程の高さのカエルだ。薬局の入口とかに置いてあるお馴染みのカエルである。ベッドの横に緑色のカエルは転がっていた。別に誰かが置いていったわけではない。これは俺の失敗なのだ。
(なんでこれがここにあるんだっけ――?)
 昨日の出来事を思い起こす。昨日はサークルの打ち上げで酒を飲んだはずだ。めったに酒を飲まない俺は酒に酔い家に帰る途中の薬局の前で動かない人を見かけて……とそこまで思い出した時、俺は顔を真っ赤にした。きっとその人は薬局のカエルだったのだ。酔っぱらった俺はその人(カエル)を酔った人と勘違いして背負って連れ帰ってしまったのだ……。
「俺どうすんだよ―――!」
俺は酔って周りに迷惑を掛ける人間を軽蔑していた。だがその自分がこんな所業をやっちまった。
「お~い! りょう――!」
 自分の所業を恥ずかしく思っていると家の外から大きな声がした。会わない訳にもいかず俺は玄関のドアを開けて彼女の事を出迎えた。
「あゆ。何か用か?」自分の口調が慌てているのがよく分かる。
「あのね。おじさんとおばさんが旅行って聞いたからママが食事をちゃんと取れているか心配して煮物をりょうにって届けに来たの」
 俺の両親は昨日から二人で旅に出かけている。仲の良い事は結構なことだ。
「そうか。おばさんにお礼を言っておいてくれ」
「了解~。そう言えばこんな話聞いた? 駅前の薬局のカエルが盗まれたんだって。大騒ぎになっているわ。あんなもの盗む人いたんだね」
俺は内心で冷や汗をかいていた。そのカエルの居所に俺は心辺りがあった。
「なんだか、奇妙な事件だね~」
 そう言いながらあゆはドアの隙間から俺の部屋を覗いた。
「えっあれ、カエルよね?」
「あっ」
 俺は隠し通そうとしていたのだが。すごく気まずかった。
「薬局の……」
「な、なんでこれがここにあるの!? まずいわよ! 泥棒じゃない! どうするの!」
「分かってるって! 俺だってこんなことになるなんて思わなかったんだよ。酔ってカエルを持ち帰るなんて普通思わないじゃないか」
 あゆは呆れた顔をして爆笑した。あゆは酒に酔い醜態をさらす事などなかった。アルコールに強い。いや酒の飲み方を心得ているのだ。
「持ってきちゃったものは仕方ないわ。深夜にこっそりと返しましょう。そうすれば丸く収まるわ」
「そうだな……。俺、返しに行ってくるよ」
 自分が仕出かした事だから自分で責任を取るのは当然だ。
「私も行くわ。カエルの在り処を知ったからには私も共犯よ」
 そう言ってあゆは笑った。
「お前まで一緒に行く必要はないんだぞ?」
「ううん。りょうには迷惑かけてばかりだもの。今度は私がりょうを手伝う」
 あゆはトラブルばかりを起こすが、面倒見もよかったことを俺は思い出した。それに迷惑をかけていると言う意識があったのだと苦笑した。そう言えばこの幼馴染は昔から困っている人を放って置けない面を持っていた。小学校の頃にクラスの悪ガキから女の子たちを守ったり、ガールスカウトで活動していたりした。
 夜中、あゆと俺は車に乗ってひそかに薬局の前まで行った。後ろのトランクから五歳児くらいの大きさのカエルを取り出す。
「今誰もいないわ。今よ」
 運転席から辺りを見回していたあゆが言った。俺は頷くと防犯カメラに気を付けながら薬局の前にカエルを置いた。
 こうして薬局の前のカエルが忽然といなくなり、戻ってきた事件。通称『薬局のカエル持ち帰り事件』は終わりを告げたのだった。
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