いつの日か輝いていた

1.台風な彼女は幼馴染

屋上から見える青い空はどこまでも続く。空は青いな~なんてお決まりの現実逃避気味なことを俺は思っていた。
近づいてくる足音が慌てていることも下で騒ぎが起こっていることも承知だ。下での騒ぎに俺がやがては巻き込まれることも。騒ぎを起こしているのがあいつだという事も。あいつが関わっている以上、ろくなことは起きない。だったら現実逃避させてくれ。これから苦労するのは俺なんだから。
「吉野! 大変だ!」
 大学での友人が駆け込んできた。彼は慌てている。
「あゆの奴がなんかやったか?」
 俺が口を開くと友人は頷いてきた。
「来て! とにかく大変なんだ! 外プールの方で!」
「……了解」
 俺はため息をついて頷くとプールの方に向かった。俺たちが通っている大学は二つのプールがある。水泳部が利用している五〇メートルの室内プール。もう一つは誰でも利用可能な二十五メートルプール。こちらは外プールと呼ばれている。そこで幼馴染がなんかやらかしたらしい。
 いったい何をやらかしたんだか。奴が騒ぎを起こして俺が苦労しなかったことなどない。
「何やってんだ。あいつ……」
 外プールに着くと俺は唖然とした。
「りょう――っ!」
 のんきに声をかけてくるのは幼馴染、荒木あらき 亜優美あゆみ。俺はあゆと呼んでいる。きりりとした目鼻立ちに少し癖のある背中の中ほどまでの黒髪。誰もが美人と認める幼馴染はTシャツにデニムの短パンのまま泳いでいた。
「あゆ。なんでお前、そんな恰好で泳いでるんだよ。水着はどうした」
「水着は忘れた」
 俺は又ため息をついた。今のあゆはやばい恰好をしている。白いTシャツは水気を吸って彼女の肌に張り付いている。男がいる中でよくぞ平然とその恰好が出来るな。と俺は思う。普通女子だったら恥ずかしくてできないと俺は思うのだが。それにさっきから野次馬で集まった男たちが好奇心の目で見ている。
「だって。暑くて我慢できなかったんだもの」
 彼女はけろりとして言った。
「とりあえず、これでも羽織ってな」
 プールから上がってきた彼女に俺は着ていたパーカーを被せた。男の邪な視線にこれ以上彼女をさらしたくなかったのだ。
「早く着替えろ」
「ありがとう。りょう!」
 彼女は太陽のような笑顔を俺に向けた。
「まったく……。あいつは……」
 ため息をつきつつ、あいつの世話を焼いてしまう俺はお人好しなのだろうか。
 俺、吉野よしの 良哉りょうやは容姿も成績も並みな普通の大学生だ。だが歩く台風こと荒木亜優美の幼馴染をやっているという点で普通ではないのかもしれない。
 亜優美ことあゆは昔からトラブルメーカーという点で話題に事欠かなかった。容姿端麗な彼女は俺の近所に住み父親はこの地域の地主で厳格に育てられている筈であるが行動が破天荒だった。彼女との付き合いは幼稚園まで遡る。迷惑を掛けられた事など数知れずだ。俺とあゆが通っていた小学校には春になるとオタマジャクシが出る池があった。その池の中には踏み石がいくつかあって、それを使って池を渡るのが流行っていた。
「りょうもやろうよ~」
 その遊びに興味を示したあゆは下校途中の俺を捕まえて誘った。子供ながらに危ないと思った俺は渋ったが、あゆがしつこく腕をひっぱるので仕方なく踏み石を飛びながら池を渡り始めた。
「わっ!」
 あゆは何を思ったのか俺を驚かした。奴の事だ。ただ単に俺の反応を楽しみたかったのだろう。だが驚いた俺はバランスを崩し足を滑らせて池に落ちてしまった。今でも覚えている。背負っていたランドセルがぷかぷかと背中で浮き輪代わりになっていたことを。池から上がった俺は保健室行きとなり体操服に上履きで帰る羽目になった。。おまけに池に落ちた時に濡れたせいだろうランドセルに付けた防犯ブザーが鳴りっぱなしだった。栓が取れたのだ。
ブーブーうるさくて仕方がない。近くにあった木の小枝を刺してブザーの音を止めた。
あの時は散々だった。
 過去を思い出していた俺は喉が渇いたので二階のキッチンに行った。冷蔵庫から清涼飲料水を取出し飲みながら窓の外を見た。俺はある人影に気付いた。夜中だというのに道の反対側にあるあゆの家の塀をよじ登る影があったのだ。その影は塀をよじ登るとひらりと超えた。泥棒,魔法使い,何馬鹿な事を考えているのか。そして人影は夜の闇へと消えて行った。
「何やってんだ……。あいつ……」
 俺には影の正体がわかっていた。あいつしかいない。そして次の日,大学であゆを見かけた時に問い詰めることにした。
「あゆ。昨日、お前塀を飛び越えて何してたんだ」
 あゆはあからさまに肩を揺らした。
「え? な、何の事かしら……」
「ごまかすな。昨日、お前が塀を飛び越えるのを見てたんだぞ」
 あゆを睨むと観念したのか口を開いた。
「大学生にもなってうちは門限が十時なのよ。シンデレラより早いわよね」
 あゆはそう言って苦笑した。
「だから裏口から鍵を閉めてこっそり外に飛び出したの。あの家にいるとたまに息苦しくなって海を見に行きたくなったの」
それで門を開けずに塀をよじ登って脱出し……皆が寝静まっている間にこっそり帰ったと。
「おばさんには黙っててやるからさ今度俺も連れてってくれよ」
 俺はそう言った。
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