ルミエーラ

「呼びだしてすまなかったな」
 ヴィクトリアは王に呼び出されていた。
 顔には疲れが滲んでいた。バーグル王国との戦争は史上最短の速さで終わった。光の子ルミエーラの本来の力――人々の心に光をともす力が働いたせいだった。勝利の力はその産物でしかなかった。王は戦争の後始末をつけるために奔走しているのだ。
あのあと伯爵一味は逮捕されて牢に投獄された。第一王妃も第二王妃殺害の罪で逮捕された。伯爵と王妃は極刑は免れないだろうと言われている。王を操ろうとし王女であるヴィクトリアを操った罪は王家に対する反逆として取られても仕方のないことなのだ。
「いいえ。私はかまいません」
「そなたは本当に母に似ておるな……」
 感慨深そうに王は呟いた。
 王はヴィクトリアの人と人の絆に負けたという言葉を聞いていた。
 それは絆を大事にしたステラを王に思い起こさせた。
「今まですまなかったな」
「こうして働いてくださるだけでうれしいです。でももう少し早く動いてほしかったと思います」
「そうか……」
 王はそれっきり黙り込んだ。
「では、私は失礼します」
 ヴィクトリアはそう言って部屋を出た。
 部屋を出ると十歳ほどの赤い髪の男の子がいた。
「えと、エルド?」
 自信なさげながらもヴィクトリアは弟の名前を呟いた。
「ヴィクトリア姉上、ですか?」
 それにヴィクトリアは驚いた。
「私のことを知っているの?」
「はい。クレア姉上とラチカ姉上が教えてくれました。同じ母親から生まれた姉がもう一人いると」
「お姉さま……ラチカ……」
 ヴィクトリアは二人に後でお礼を言おうと思った。
 弟に姉として認識されないほど悲しいことはないからそうならないようにしてくれた二人の心遣いがうれしかった。
「姉上は母上のことをよく知っているのですよね?」
「ええ。少しだけだけど……」
「僕、母上のこと知らないから知りたいです!」
 瞳をきらきらさせてエルドは言った。
 その父譲りの菫色の瞳を見つめながらヴィクトリアはこの子が母を知らないと言う事に気付いた。
 そう思うと優しい気持ちになって頷いた。
「いいわよ。じゃあ部屋に行きましょうか?」
「はい!」
 姉弟は仲良く廊下を歩いて行った。


「お疲れさん」
 エルドとの話が終わって廊下に出るとそこにはルイボスがいた。
「ルイボス。グレイとハーブは?」
「あの二人は外」
 そう言って城の窓の所までヴィクトリアを連れて行く。
 そこには兵士を鍛えるグレイとフィエロがいた。
「フィエロさん、ヴィクトリアの危機に駆けつけられなかったのが悔しかったらしいんだよね」
「仕方ないわよ。途中に険しい山があるもの……」
 老体のフィエロにはきつかろう。
「イーリマさんが駆けつけられたのが悔しいらしい。あの人フィエロさんより年が上だから……」
「あの人には魔法があるのにねえ……」
「僕もそう思うんだけどさあ……。ただ、らしいと言えばらしいのは騎士団の弱さに怒ってグレイ伯父さんと共に鍛えはじめたっていうの」
「らしいと言えばらしいわね」
 ヴィクトリアはクスクスと笑った。
 外をもう一度見るとグレイとフィエロの訓練に悲鳴を上げる兵士たち、それを笑ってみているハーブとローズマリー、イーリマがいて困った顔で見ているビリーがいた。
「あなたのお兄さんはどうなるの?」
「別に。特に何もしてないから処罰なし。ただ、前より真剣に剣をやり始めたと思う」
「そう……」
 二人はしばらく黙り込んだ。
「これからどうするんだ?」
「まだ決めてない。王宮で過ごすかグレイと共に過ごすか……」
「王宮で過ごせばいいじゃないか。僕も騎士団に入るしさ」
「騎士団に入るの?」
「今の騎士団ならいいかなって……」
 そう言って頭をポリポリとかいた。
「グレイに育てられた私も王宮で育った私もどっちも私なの。だから簡単に決められないわ」
「そうか……。光の子の力は?」
「今は封印している。使おうと思えば使えるわ。でももう使わない方がいい気がする。味方が必ず勝つってなんか嫌なの。どちらが勝つか分からないからこそ勝負は面白んだから」
 そう言って笑ったヴィクトリアの顔は輝いていた。
「ああ、そうだな」
 ルイボスは素直に今のヴィクトリアは素敵だなと思った。
「行こう。ルイボス」
 ヴィクトリアが手を差し出してくる。
「ああ」
 ルイボスは手を握り返した。
 二人の道行きがこれからどうなるかは分からない。ただ、今は幸せだと言う事だけは確かなのだった。
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