ルミエーラ

「まさかあなたが山を下りるとはね」
 王宮の廊下を歩きながらビリーが隣の老婆に言った。
「私だって下りることはあるさ。それにあの子に関係することだからね」
「ええ、そうですね。調べたことを早く伝えなければいけませんね。手伝ってもらいますよ。イーリマ婆さん」
「そのつもりで来たのさ」
 イーリマは頷いた。
 やがて二人は目的地に着いた。
 大きな木製のドアを開けて中に入る。
 中は大きなガラスのテーブルと赤いビロードに覆われたイスが置かれていて部屋の左右に本棚が並んでいた。
 そのビロードの椅子に一人の人物が座っていた。
 金髪に菫色の瞳の壮年の男だった。
 目には生気がなくぼんやりとしている。
「そう言うことですか……」
 ビリーは部屋に入った途端ある香りに気付いた。
「ここまでするかねえ……」
 薬に詳しいイーリマも気づいたようだった。
 部屋に漂う香り。それは現実を忘れさせ、頭をぼんやりとさせてしまう薬だった。
 それは焚いてあるお香から漂ってきていた。
 二人が匂いに顔をしかめていると部屋に一人の少年が入ってきた。
 男と同じ金髪に菫色の瞳の少年が。
 彼は男によく似ているこの国の王太子だった。
「父上! 正気に返ってください! 戦争なんてやめさせて! このままだと民が苦しみます。やっと平和になれたのに!」
 王太子は部屋に入るなり叫んだ。
 それにビリーとイーリマは目を瞠った。
 どうやら母親の言いなりだった王太子に心境の変化があったらしい。
「ステラさまの忘れ形見の娘、ヴィクトリアだって危ないんですよ! 彼女が危険な目にあってもいいんですか!」
「それはどういうことですか?」
 王太子の言葉を聞き咎めてビリーは訊いた。
「ヴィクトリアは薬で心を失くしたんです……」
 そこで王太子は俯いた。自分がしっかりしていればこんなことにはならなかったのに。
「ほう?」
 ビリーの眼鏡がキラリと光った。
 イーリマの顔が険しくなる。
「陛下。貴方は堕落してしまった。大臣たちのやりたいようにこのままさせるつもりですか? 今の貴方を見てステラは喜ぶでしょうかね? ステラは仕事をしっかりとしている貴方が好きだったはずです。それに先ほど王太子が言いましたがステラの娘が今聞きなんですよ? 放っておいて後悔しませんか?」
「私は……」
 王が呟く。
「しっかりせんかい。王は仕事してこその王だ。今の国の状態は全部あんたが招いたこと。尻拭い位ちゃんとせい!」
 イーリマが叱り飛ばす。
「本当にしっかりしてください! 父上!」
 王太子が懇願する。
「『この国を良くしていって』……ステラからのあなたへのメッセージです」
「ステラ……!」
 王は静かに涙をこぼした。
「私が、すべて悪いのか……? お前を失くしてから私の心は闇に包まれているのに……」
「悪いと思っているなら私たちの話を聞いてもらいます。そしてなすべきことをなしてください」
 ビリーはきっぱりと言った。
「聞こう」
 そう答えた王は為政者の顔をしていた。
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