ルミエーラ

「誰もいないわね?」
 クレアがラチカに訊く。
「うん」
 ラチカが頷く。
 二人は鍵をしまう部屋にいた。ここにルイボスたちが閉じ込められている牢の鍵もあるはずだった。二人は彼らを逃してヴィクトリアを助けてもらおうと考えていた。
「それにしてもどれだろう……? 分かる? ラチカ」
「お姉さま、それが私にも分からなくて……」
 二人は壁一面にかけられている鍵を見て困惑していた。
 ここにあるだけで百は超える鍵があるのだ。どれが牢の鍵か二人にはさっぱり分からなかった。
「早くヴィクトリアお姉さまを助けたいのに……」
 ラチカが俯く。
「気持ちはわかるよ」
 クレアが頷く。
「今のヴィクトリアは生きている感じがしない……。あの子は感情豊かでいた方がきっといいんだ。……心を失くしたあの子は見てられない……」
 クレアはそう言って顔を手で覆った。
 その時後ろから手が伸びてクレアの目の前の鍵をとっていった。
「オブリス!?」
「お兄さま!?」
 二人が後ろを振り向くとそこには王太子がいた。
「どうしてここに? 邪魔をしに来たの?」
 険しい顔でクレアが訊く。この弟は母の言いなりなのだ。
「邪魔をしに来たわけじゃないよ。はい。これ」
 王太子は鍵をラチカに渡す。
「これは……?」
「グレイがいる牢の鍵だ。これで彼らを助けるんだ。そうすればヴィクトリアの心を取り戻せるかも知れない……。彼らの方がずっと一緒にいたんだからね」
「ヴィクトリアを助けたいの?」
 クレアは意外な思いで王太子を見た。
「おじいさまたちはやりすぎているよ。見てられない。それにあの子にこのまま言いなりになるつもりかって叱られたしね」
 そう言って王太子ははにかんだ。
「オブリス……。ありがとう。助けに行くよ」
 クレアは彼は嘘をついていないと思った。
「僕は僕で動く。君たちはグレイたちを助けた後父上の元へ……」
「うん。ありがとう、お兄さま」
「おじいさまたちに見つからないようにね。行こう。クレア」
 二人は鍵を持つと去っていった。
 それを見送ると王太子は真面目な顔つきになった。
「おじいさまたちがやってきたこと……。証拠を掴まなきゃ……。辛いことになるかもしれないけど、でもこれは王太子である僕にしかできないんだ……」
 誰もいない部屋に王太子の声が落ちた。


そのころヴィクトリアは馬車に乗り込むところだった。
 彼女は赤いドレスを着ていた。ドレスは胸元をリボンが飾るのみのシンプルなものだった。
「はあ……」
 ヴィクトリアはため息をついた。
 数日前に見つけた鈴が気になったのだ。
 何か大切なものがあの鈴に詰まっているような気がしたのだ。
 今もポケットに入れてある。
「どうなされました?」
 ヴェスター伯爵がため息を聞きとがめて訊いてくる。
「何でもないわ……。緊張しているだけ」
「そうですか。まあ仕方ないでしょうな。あなたの肩に我が国の勝利はかかっているのですからな」
 そう言ってヴェスター伯爵は満足気に笑った。
「戦争ね……」
 ヴィクトリアたちは戦場へと向かっていた。夕方に着き、明日の昼にバーグル王国と開戦する。もはや戦争は避けられないのだ。
「我が国の勝利を存分に祈ってくださいませ」
「ええ……」
 心を失くす前のヴィクトリアだったら嫌だと言っただろう。だけど今の彼女は頷いた。
 ヴェスター伯爵の意のままに動く操り人形となっていた。
(でも心がすうすうするわ。なんでなんだろう。ヴェスター伯爵の言うとおりにしていれば大丈夫なはずなのに……)
 だが、彼女はどこか心がぽっかりと開いたように感じた。
(まあいいわ。私は私のなすべきことをするだけ)
 そうヴィクトリアは自分に言い聞かせたのだった。
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