ルミエーラ

 第一王妃の訪問の次の日、ヴィクトリアはヴェスター伯爵に呼び出された。
 見張りに付き添われて廊下を歩いていると前からラチカが駆け寄ってきた。後ろにはグレアがいる。
「お姉さま!」
「ラチカ!」
 ヴィクトリアの顔がここ数日ないほど輝く。
「今まで会わせてもらえなかったんだ。でも会えて嬉しい」
 クレアが申し訳なさそうに嬉しそうに言った。
「私もよ」
 ヴィクトリアも会えてよかったと思っていた。
「ヴィクトリア殿下。早く行かねばなりませんよ」
 イアンが急かしてくる。
「私、行かないといけないみたい……」
 どうやら姉妹の会話さえ許してくれないらしい。
「え、ええ……。でも気を付けてね」
 ラチカがそう言って左手に何かを握らせた。
「早く」
 そう言ってイアンがヴィクトリアの手を引っ張って行ってしまう。
「あ……!」
 さよならさえ言えなかった。
 ヴィクトリアは引っ張られながら後ろをいつまでも気にしていた。
「ヴェスター伯爵はあなたに早く会いたいのです」
「私の力にでしょ」
 嫌味な言い方をする。姉妹の会話を許してもらえなかったのでご機嫌斜めなのだ。
「それは否定できませんね」
「そう……」
 ヴィクトリアは呟くとさっきラチカに渡されたものを見た。
「……!」
 それはルイボスから渡された天使ヴァイスをかたどった鈴だった。
 荷物はすべて取り上げられたはずだった。
(どうしてあの子が……?)
 ヴィクトリアは不思議そうにそれを見つめるとドレスのポケットにそれをしまった。
 また取り上げられてはかなわない。
「着きましたよ」
 イアンがそう言ってドアを開ける。
 部屋の中に入るとむっとする匂いが鼻についた。
 どうやらお香を焚いているらしい。
「お久しぶりですね。王女殿下」
 肘掛け椅子にふんぞり返って座っている赤い口髭の男が口を開いた。
 ヴェスター伯爵だ。
「ヴェスター伯爵……」
 嫌味な男だ。そう思った。
「あなたは美しく成長なされた」
「お世辞はいい。それよりどうして戦争を始める?」
「周りの国を手に入れればこの国は豊かになる。私はね、この国をよりよくしたいのですよ」
「そんなの嘘だ。戦争を始めればこの国はめちゃくちゃになる」
「それはやってみないと分からないでしょう」
 そう言ってヴェスター伯爵は青い粉をお香を焚いている箱に足した。
 香りが強くなる。
 ヴィクトリアは頭がぼうっとしてきた。
「あなたは国のことを考えていない……! 民の中にはこの前の戦争を覚えている人もいるのに……!」
 叫ぶと体が傾いた。
「な、何なの!?」
 ヴィクトリアは戸惑った。
 頭がますますぼうっとして視界がぼやけてくる。
「効いてきたようだ」
「何が……?」
「あなたから心を失わせる薬。目覚めたら操り人形です」
 お香を焚いていたのはそのためだったのだ。
「そんなの嫌だ……!」
 ヴィクトリアはそれを聞いて動揺した。
(嫌だ! 失いたくない! こいつらの言うこと聞きたくない!)
 しかし努力もむなしく眠くなってくる。
 最後に浮かんだのはルイボスの笑顔だった。
 どこかで鈴のなる音がした。
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