ルミエーラ

9.助言と裏切り

ヴィクトリアたちは山の麓についた。
 下から見ると険しそうだ。
「これを登るの~~!!」
 ヴィクトリアは絶望した。
「さすがにこれは無理だな……」
「あたしも……」
 ルイボスとハーブも絶望的な目で山を見つめた。ほとんど崖といってもいいくらい険しいのだ。
「それにしても……、グレイは何をしているんだい?」
 ハーブの言葉にルイボスとヴィクトリアはグレイを見た。
 彼は山に登らず麓のところできょろきょろと何かを探している行動をとっている。不思議な光景だ。
「あった!」
 グレイは叫ぶと麓にある泉に向かった。
「お~い。俺だ。グレイだ。上にあげてくれないか?」
 泉に向かって話し始めた。
『あいよ』
 泉から声がした。
「うわっ!」
「何!?」
「え!?」
 ヴィクトリアたちは驚く。足元が光ったと思ったら紫に光る魔法陣が現れたのだ。
 魔法陣は二メートル近くまで成長すると強く輝いた。
 すると――。
「嘘……」
 ヴィクトリアは茫然とした。
 目の前にはさっきまでとは違う光景が広がっていた。
 いつの間にか小さな一軒家の傍にいたのだ。あたりを見回すとセージと会った村が見えた。
 どうやら山の八合目のところまで登ってしまったらしい。
「驚いただろ? イーリマ婆さんの移動魔法さ」
 グレイはヴィクトリアたちの顔を見て笑いながら言った。
 よっぽど間抜け面をしていたらしい。
「すごいね。魔法があることは知っていたけど見るのは初めてだ……」
 ルイボスが呟く。
「あたしも……。おじいちゃんから聞いてはいたけど……」
「さて、中に入るぞ」
 グレイはそう言って赤い屋根の一軒家の扉をたたく。おとぎ話に出てきそうなくらい可愛い家だとヴィクトリアは思った。
 扉を叩くと自動で開いた。
「……!」
 ヴィクトリアはそれを見てびっくりしたがグレイたちが中に入ったのを見て慌てて後を追った。
「来なさったね。来るのは分かっていたよ」
 髪をシニヨンにした柔和そうな銀髪のお婆さんが家の中の椅子に座りながら言った。そばにはこぶのついた杖がある。
「イーリマ婆さん」
 グレイが呟く。
「来た理由は分かっておるよ。そこの金髪の少女の事だろう?」
「やっぱり何もかもお見通しか……」
 グレイが肩を落とす。
「あたしに分からないことなど一つもないさ」
 そう言ってイーリマはウィンクした。
「さてと話す前にお茶が必要だね」
 イーリマはそう言うと立ち上がってこぶのついた杖を振った。するとお茶が用意された。
「わあ!」
 ヴィクトリアは歓声を上げた。
「さ、お座り。お菓子もあるよ」
 ヴィクトリアたちは頷くと椅子に座った。
「さて……。お前さんは何か大きなものを背負っているみたいだね……。戦いの中心地にいる……」
 イーリマはヴィクトリアを見て呟いた。
「あの、この力を無くすことは出来ませんか?」
 ヴィクトリアはすがる思いで訊いた。常々この力を無くしたいと思っていたのだ。
「それは無理さね。力を無くすなど……」
 しかしイーリマは首を横に振った。
「そう、ですか……」
 最後の希望が断たれたような気がした。
「だけど力をコントロールすることはできる」
「どうやって?」
「意思さね。意思が強ければ力をコントロールできる。人は意思そのもので生きているのだからね」
 そう言ってイーリマは笑った。
「意思……」
 ヴィクトリアは俯いた。自分は意思が強いのだろうか……。
「ふふっ。不安そうだね。そんなお前さんに一つアドバイス。神秘の樹に行くと良いよ」
「神秘の樹?」
「なんだそりゃ?」
 グレイとヴィクトリアが顔を見合わせる。
「それは何ですか?」
「聞いたことない……」
 ハーブとルイボスも聞いたことないようだ。
「神秘の樹。光の子ルミエーラと密接にかかわっている樹。そこに行った光の子ルミエーラは真の覚醒を果たすという。何物にも揺るがすことができない強い意志と力を得る」
「神秘の樹……。私行きたい!」
 ヴィクトリアは言った。なぜか行かなければいけないという気がしたのだ。
「ほかに予定もないしいいかな。ハーブとルイボスは?」
「僕もいいよ。異存ない」
「私も。なんか気になるし……」
 ルイボスとハーブも頷く。
「決まりだな。さて俺らもう行くわ」
「ゆっくりしていけばいいのにのう。焦りは禁物だよ」
 イーリマが引き止める。
「婆さんが引き止めるなんて珍しいな。俺はいつもここにはとどまりたがらないのを知っているくせに……。…………なんかあったか?」
 グレイが険しい顔でイーリマを見た。
「ヤシェの街に国王一家が入った」
「何だと!?」
 グレイが驚く。
 ヤシェの街はバーグル王国との国境沿いでは最大の街。ここに国王陛下もしくは王族が入るのは戦争が起きる時のみ。その街に国王が入ったということは……。
「国王が戦争を許すはずがない! なのにどうして……」
「ヴェスター伯爵に請われたようだ。今の国王は政治に関心がない。大方強く言われて断れなかったんだろうさ」
「くそっ!」
 グレイがテーブルを拳で叩く。
「ヤシェの街に……」
 ルイボスが真っ青な顔で呟く。ハーブもその隣で同じ顔をしていた。二人が向かいのヴィクトリアを見ると真っ青を通り越して真っ白な顔をしていた。
「お父さま……。なぜ……」
 彼女はここにいる誰よりもヤシェの街の意味を理解していた。
「ヴェスター伯爵を止められるものはいないのか!?」
「無理さね。反抗できるものは薬漬けか投獄されるか殺されているかしている」
 イーリマが首を横に振る。
「王太子は……」
「王太子は母親の言いなりさ」
 ルイボスの言葉にイーリマはそっけなく言った。
「お兄様は第一王妃の言葉が第一だから……」
「そうか……」
 ルイボスが力なく呟いた。
「とにかく捕まらないように気を付けるんだね」
「ああ。情報感謝する。それでも早く神秘の樹に行った方がいいと思う」
「あんたがそう思うならそうした方がいいのかもね」
 イーリマは肩をすくめて言った。
「じゃあ行くわ」
 そう言ってグレイは家を出て行った。
「ヴィクトリア。茶髪の男に気をつけな」
 後に続こうとしたヴィクトリアを引き止めてイーリマが言った。
「茶髪の男……?」
 ヴィクトリアは怪訝そうな顔をした。
「お~い! 早く!」
 ルイボスが呼ぶ。
 ヴィクトリアは慌ててルイボスの後を追って移動魔法の範囲内に立つ。
「忠告したからね」
 イーリマの言葉を最後にヴィクトリアの足元の魔法陣が光った。
 そして麓についたのだった。
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