ルミエーラ

 ヴィクトリアたちはビリーの屋敷の門の前にいた。その中でヴィクトリアだけいつもと違っていた。
 ヴィクトリアは白いシャツにこげ茶のズボンにブーツと言ったような男の子がする格好をしていた。旅をするにはこれが一番だとビリーがすすめたのだ。おかげでスカートの時より動きやすくなった。ただ豊かな胸の存在だけは隠しきれず性別だけは一発でわかるが。
「では私たちはこれで」
 ヴィクトリアが言った。
「幸運を祈ってますよ」
 鶯色のベストにマントを羽織ったビリーが言った。すっかり旅装と言った格好だ。
「ええ。ビリーさんも気を付けて」
「またな。ビリー」
「また会いましょう。では」
 ビリーはそう言って右に向かった。ヴィクトリアたちは左に向かった。
 二週間の滞在を終えて再び旅立った。
 フルーラの中央を通る大通りを抜け出てこの街の象徴、天使ヴァイスが彫られている門をくぐり抜けて街をでた。
「そうだ。これ」
 街を出たとたんルイボスがかばんをごそごそとやって巾着袋を渡してきた。
「なにこれ?」
 ヴィクトリアは不思議そうな顔をした。
「とにかく開けてみて」
 中を開けてみると天使の形をした鈴が入っていた。
「これ……」
 チリン
 鳴らしてみると涼やかな音が聞こえた。結構音が大きい。
「魔を払う鈴さ。天使ヴァイスが守ってくれる。危険なことがあったらこの鈴を鳴らしてほしいんだ。必ず駆けつけるからさ」
「ありがとう」
 ヴィクトリアは喜んだ。家族みたいなグレイ以外で男性からプレゼントをもらうのはこれが初めてだった。
 にっこりと笑うとルイボスの顔が赤くなった。
「べ、別に……」
 そう言ってふいっと顔をそむける。
 その様子をグレイがにやにやしながら見ていた。
 それから一同はなだらかな道を歩き続けた。
 三日後にハンディについた。
 ハンディは近くにアルセリア王国最大の森、ユルウシャの森がある。危険な生物がたくさんいるため一部では修行に使われている。フィエロはこの森に修行に行くためにハンディに滞在しているという。
「ルイボス! 久しぶり!」
 街に入ると癖のついた赤毛のショートカットの少女がルイボスのところにやってきた。
 白いシャツに青いズボンと言った格好にマントを羽織っただけの少女は随分とルイボスと親しげだ。男装をしているが出るところは出て締まるところは締まっている体型をしているので男の子に見えるということはなかった。
 どうやら知り合いらしい。
「ハーブ! 久しぶり。今日はフィエロさんと来ているんだよね。会えるかな?」
「おじいちゃん? 会えるけど……。なんで?」
 ハーブと呼ばれた赤毛の少女は首を傾げた。
「俺が先生に会いたいんだ」
 グレイが進み出て言った。
「グレイさん!? あの!?」
 ハーブが驚いた顔をした。
「はあ。俺はグレイだが……」
 グレイは頷いた。
「私あなたにあこがれているんです! おじいちゃんの弟子の中で一番強い! あえて感激!」
 ハーフは興奮していた。
「とりあえずフィエロ先生に会えるか? 彼に話したいことがあるんだ。この子の事でな」
 そう言ってグレイはヴィクトリアを指した。
「そう。分かった。でもあと三十分くらいしないと帰ってこないわよ」
 ハーブはヴィクトリアをちらりと見ると言った。
「そうか。なら宿を借りるかな」
 グレイはそう言ってあたりを見回した。
「あ、ならうちに来ない。ここに家を借りることにしたんだ」
「家? 借りたの?」
「うん。よく来るからね」
 ルイボスの言葉に頷く。
「頼む」
 グレイは短く言った。
「なら案内するね」
 ハーブはそう言って案内した。
「ね、名前なんて言うの?」
 ハーブはヴィクトリアの隣に来ると声をかけた。
「ヴィクトリアよ」
「ヴィクトリアか……。「VICTORY(勝利)」にちなんだいい名前だ」
「ありがとう」
 ヴィクトリアはほほ笑んだ。名前をほめられるとうれしい。
「それにしても肌が白くてお姫様みたいだ」
 その言葉にぎくりとした。曲がりなりにもヴィクトリアはこの国の王女だ。それはどんなに嫌でも変えられない。
「それにどことなく高貴な印象を受けるのよね~」
「高貴な印象?」
 ヴィクトリアは首を傾げた。王宮で暮らしていた時間はほとんどないに等しいのに。
「う~ん。うまく言えない……。あ、ついたみたいだ」
 ハーブが感じたものをうまく言えないでいるうちに目的地についていた。
 珍しく木でできた家だった。
 家の中に入ると木材特有の香りがする。
 森で育ったヴィクトリアには落ち着く香りだった。
 中には二部屋しかなくリビング、ダイニング、キッチンが一緒になった部屋とベッドルームのみだった。家具もすべて木でできていた。
「いい家ね」
 素直にヴィクトリアはそう思ったので言った。
「ありがと。みんな馬小屋だの粗末な小屋だの言いたい放題なんだけどね……」
 ハーブが苦笑しながら言った。
「そんなことないわ。ね」
「うん」
「いい家だと思うぞ。先生らしい」
「ふふっ。お茶入れるね」
 ハーブがそう言ってポットをとったときに激しい音がした。
「帰ったぞ――!!」
 フィエロが帰ってきたのだ。
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