ルミエーラ

「そう言えばハンディにフィエロ翁が来ているそうですよ」
「先生が?」
 夕食の席でビリーが言ったことにグレイは驚いた顔をした。
「フィエロさんって誰?」
 ヴィクトリアは首を傾げた。
「俺の剣術の先生だよ。すごい年だけどかなりのやり手だ」
「グレイの先生……」
 ヴィクトリアは呟いた。
 グレイだってかなり強いのにあれ以上……。なんだかフィエロ翁に会いたくなってきたヴィクトリアだった。
「フィエロ翁ってあの伝説の? ハーブのおじいさん?」
「そう。狼を素手で倒したって噂のな」
 ルイボスの言葉にグレイは頷く。
「え、僕はクマと素手で戦ったって聞いたけど……」
「どっちにしろあの人にはいい加減落ち着いてほしいものです。御年八十何ですからね……」
 ビリーはため息をついて言った。
「ただ、まだわしは現役じゃって言うぜ。絶対」
「ありえそうですね。若い者には負けらんないとでも言いそうですが」
「いいそう言いそう」
 グレイとビリーはそこで笑った。
 ますますフィエロに興味がわいてきたヴィクトリアだった。
「で、先生がどうしたって?」
「フィエロ翁ですが孫娘のハーブを連れてハンディに来ているようです。一週間ほど滞在するようです。彼ならヴィクトリアのこと協力してくれると思いますが?」
「確かに。先生は信頼できるし、今の王の状態を快く思っていないみたいだしな……」
「ええ。ヴェスター伯爵に反発して軍の指導官を辞めたと聞きましたからね」
「そんなことをしたのか? 先生は」
 グレイが驚いた顔をする。
「そんなに驚く顔をすることはないでしょう。あの人ならありえます」
「まあ、そうだが……」
 フィエロの性格を思い出したグレイは頷いた。彼は良くも悪くも一本気で悪を許さない性格だった。
「フィエロ翁は戦争を良く思っていません。若いころに戦争に出かけて弟を亡くしたことが大きいのでしょう。ヴィクトリアを助けてくれますよ」
「戦争……」
 おおよそ六十年前のバーグル王国との戦争のことを言っているのだと思う。激しい戦いで死者が大勢出たという。それをヴィクトリアはグレイから聞いて知っていた。
「よし。ならハンディに行くかな。ハンディなら三日で行ける」
 グレイは頷いた。
「私はあなたたちを見送った後、ヒステリアに行きます」
「どうして?」
 ルイボスがビリーの言葉に驚いた顔をした。ヒステリアはコールラ王国との境目にある歴史の街だ。あれだけ本を持っているビリーがそこに行く理由が思いつかなかったのだ。
「調べたいことがありまして。そのほかにも行かなければいけないところがありますので……」
「調べたいことって?」
「それは秘密です」
 ルイボスはそれ以上聞かなかった。ビリーの顔が思った以上に真剣なのだ。それに何となくなのだがヴィクトリアがらみではないかと思う。
「じゃあ明日出発するわ」
 そんな二人をしり目にグレイが言った。
「ええ。それが良いと思いますよ」
 ビリーは頷いたのだった。
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